雨夜のメランコリー 第十四章

「術師の魔導書」

 

 サーシャとホップは、宝物庫の中へと入っていきました。金色の部屋の中は思いのほか広く、船長の姿も、すぐには見つかりませんでした。

「船長! ピッツァ船長! どこなんだもん!?」

 ホップの呼びかけに、ピッツァ船長も、手をふってこたえました。

「ここじゃ、ここ! やっときおったか。」

「船長さん、。ゴーレムが、もうきてしまったの! 外で、イワンたちがくい止めてるわ。」

 サーシャは、いまの状況をあわてて、伝えました。

「だから、言わんこっちゃない。あんなまやかしに、惑わされおって。」

 焦るピッツァ船長に、ホップも、焦って聞きました。

「ねぇ、本はまだ見つからないんだもん?」

「ああ、それが、なにしろ、ここへきたのも、数百年ぶりじゃ。どこになにがあったか?」

「もう、たよりにならないだもん!」

 サーシャはあたりを、見まわしました。そして、自分の手にもつ、魔法の本を、ぐっと、にぎりました。

「同じ魔法の本なら、わたしの魔法で探せるかもしれない。」

 サーシャは、魔法の本を開きました。

「メケルヤ、メケルヤ、ルーペンドット、チーパッパ! ペペロンチーノさんの魔導書さん、教えて、どこにいるの?」

 すると、魔法の本より放たれた光が、部屋の中を包みこみました。そして、宝の山の中から、ゴソゴソと、なにかが動きだす物音がしました。

「ホップちゃん、お願い。」

「ええ? こわいんだもん。」

「ホップちゃん!」

 サーシャに言われて、ホップは、物音のするところを、掘っていきました。すると、一冊の立派な古文書が、ガサガサと動いているのを見つけたのでした。

「おお、まさしく、これこそ、ペペロンチーノ師の書!」

 ピッツァ船長も声をあげました。

 サーシャは、その魔導書を手にとって、中を開いて見ました。しかし、本の中身は、魔法の勉強していたサーシャにも、読めないような文字で、びっしりと埋められていました。

「でも、イワンが、わたしの魔法が役に立つかもしれないって・・・」

 サーシャは、イワンの言葉を思い出し、見つけだした魔導書にむかって、もう一度、魔法の言葉を唱えました。

「メケルヤ、メケルヤ、ルーペンドット、チーパッパ! ペペロンチーノの魔導書さん、ゴーレムの弱点を教えて!」

 しかし、魔法をかけられた魔導書は、バサバサと動くばかりで、なにを教えてくれるということもなく、やがて、その動きすら止まってしまいました。

「ふうむ。簡単には、こたえてくれそうにもないな。とにかく、ここは危険だ。なんとか脱出の方法を考えるのじゃ!」

 

 宝物庫の外では、吸血鬼のイワンと忍者カゲマルが、、鏡のまやかしたちをかわしながら、必死になってゴーレムの足止めをしていました。

「グオオオオン!」

 ゴーレムが、突き進んでくるたびに、イワンは、電撃の結界を張って、ゴーレムの動きを止めました。

 そして、ゴーレムが電撃でしびれて、一瞬動きを止めたところへ、忍者の分身たちが、疾風を起こして、ゴーレムの体を遠くへと、吹き飛ばしました。

 電撃と疾風に包まれ、ゴーレムも、少しの間こそは、身をもだえていました。しかし、胸の石で、それらを吸収してしまうと、ますます、強力な化け物となって、イワンたちの前に迫りました。

 対して、イワンたちのほうは、だんだんと、疲れがたまってきていました。

 吸血鬼の王子は、電撃を使うのが得意ではありました。しかし、吸血鬼とて、熟練の魔法使いというわけではありません。あれほどの魔法を、短い間に連発するのは、体に負担が大きいものでした。

 ひとつ目の忍者のほうにしても、分身を操りつづけるのは、限界がきていました。いまでは、ひとりにもどっていました。

「ウフフフフフ。」

 仲間の姿をした、鏡のまやかしたちが、不気味に笑っています。

 ゴーレムは、それらまやかしの前で、イワンの雷を警戒するように、不気味に、だらりと立っていました。

「まだか。いい加減、僕らも、もたないぞ。」

 イワンが弱音を吐いた、そのとき、宝物庫の中より、ピッツァ船長の声が聞こえました。

「魔導書は手に入れたぞ! 一度、部屋の中に入って、ゴーレムの奴をごまかすんじゃ!」

 イワンとカゲマルは、その声に、安堵の表情を浮かべました。

 しかし、ゴーレムが、ふたりの油断した瞬間を見逃しませんでした。ゴーレムは、グイッと、その数多の腕をのばして、イワンをとらえにかかりました。

 イワンもカゲマルも、ゴーレムの、突然の動きに、反応が遅れました。

「まずい!」

 まさにそのとき、ドドンッと、銃声が鳴り響きました。

「ウググググッ!」

 大きめの鉛玉をくらったゴーレムは、たまらず、その腕を引っこめ、後ずさりしました。それまでの攻撃とちがって、ゴーレムは、確実にダメージを受けているようでした。

「またせたな。」

「アイザック! 遅いぞ!」

 そこにいたのは、火の玉のアイザックとハサミのゾル・ゾッカでした。ゾル・ゾッカは銃と弾薬の束を抱え、アイザックのその手には、やや大きめの銃砲がにぎられていました。

 イワンたちは、すぐさま、宝物庫の中へと逃げこみ、宝の中に身を隠しました。

「ずいぶんと、絶妙なタイミングでの登場じゃないか。」

「なに。ちょっと前から、機会をうかがっていたのさ。こいつをぶっ放すためのな。」

 アイザックはそう言って、小型の大砲のような銃に、新しい鉛玉をこめました。 

「ロンロンは、どうした?」

「ああ。あいつなら、鏡の中の妹を助けにいったぜ。」

「はぁ? なんだって? まぁ、でも、それを聞いて少し安心したよ。あいつにも、心なんてものがあったんだな。」

 ゴーレムも、宝物庫の中へと、やってきました。頭を、ぎこちなく右に左にまわして、おばけたちを探しています。

「イワン!」

 サーシャのささやき声がしました。

 魔導書を手にしたサーシャたちが、イワンのところへと、しずかにやってきます。

「それが、ペペロンチーノ師の魔導書か。魔法は、もう試してみたかい?」

 イワンの問いかけに、サーシャは首をふりました。

「かけてみたけど、ダメなの。魔法に反応はしてくれるんだけど、なにもわからなくて。」

「魔法に反応するのなら、望みはあるさ。それをもって、部屋をぬけ出すんだ。」

 イワンはそう言って、ひとつ目忍者のほうに、声をかけました。

「カゲマ・・じゃなかった、カゲザエモンどの。サーシャと船長の護衛をたのむ。」

「承知したでござる。」

 ひとつ目の忍者は、そのひとつ目を、ぎょろりとさせて、うなずきました。 

「アイザック、ゾル・ゾッカ。僕らは、もう少し、奴の気を引くぞ。」

 イワンは、そうして、目の前にあった金の冠を、ひょいっとかぶると、金の剣をもって、ゴーレムの前に姿を見せました。そして、ゴーレムにむかって一礼しました。

「やぁやぁ、宝の番人どの。数百年もご苦労なことだ。いい加減、休んだらどうだい? 宝の持ち主も、とうに朽ち果ててるのを、ご存知ないのかな?」

「グオオオオン!」

 ゴーレムは、イワンめがけて突進しました。

 すると、そのゴーレムめがけて、また、鉛の玉が、ズドンと発射されました。

 ゴーレムの体が吹き飛びます。

「ううむ。胸の石をねらってるんだがな。そう簡単に当たるもんでもないぜ。」

 鎧の火の玉は、そう言って、ハサミ男から新しい玉を受けとると、それを銃の中にこめました。

「さぁ、いまのうちじゃ。いくぞ。」

 ピッツァ船長を先頭に、魔女っ子サーシャ、オオカミ男、ひとつ目忍者は、宝物庫から出ていきました。

 すると、オオカミ男のホップが、部屋から出たさきで、悲鳴をあげました。

「ヒィィィ! まだいたんだもん!」

「ホップゥ、こっちよぉ・・・」

 血だらけとなった鏡のまやかしたちが、ホップのもとに、おどろおどろしく近寄ってきました。

「無視じゃ、無視。さっさといくぞ。」

 ピッツァ船長は、みんなを引き連れて、宝物庫の前を、急ぎ後にしました。