雨夜のメランコリー 第十五章
「少女の願い」
宝物庫の中では、イワン、アイザック、ゾル・ゾッカの連携によって、あのゴーレムが、確実に傷を増やされていました。
吸血鬼のイワンが、海賊の宝をもって飛びまわり、巧にゴーレムを誘い導びきます。
宝物の陰に隠れた火の玉のアイザックが、その隙を突いて、銃をぶっ放します。
そして、すぐさまハサミのゾル・ゾッカが、アイザックの使った銃と、すでに玉を用意した銃とを交換するのでした。
「ははぁ。やるじゃないか! その鉄砲、ずいぶん効き目があるみたいだな。」
吸血鬼のイワンは、機嫌よく言いました。
しかし、ハサミのゾル・ゾッカは、口をにごしました。
「だけど、玉数もそれほどあるわけじゃないズラ。」
火の玉アイザックも、イワンに言葉を返します。
「なんとか、あの胸の石に当てたいところだが。イワン。お前、さっきの雷で、もう一度、奴の動きを止めてくれんか?」
「あいにく、電気切れだよ。しばらくは、たいした電撃も出せない。そっちの炎は?」
「そいつも、やめたほうがいいな。俺が毒で倒れちゃ、元も子もないだろ?」
ゴーレムは、銃で傷つけられながら、なおも、吸血鬼のところへと、突進してきます。
「まぁ、いいさ。魔導書もこっちの手に入ったんだ。銃も撃ち止めよう。しばらくは、逃げの一手だ。」
イワンがそう言って、ゴーレムから距離をはなれたときのこと。
どうしたものか、ゴーレムは、突然、イワンたちのことなど、どうでもよくなったように、クルリと向きを変えました。そして、宝物庫の外へ出ようと進みだしたのです。
「どうした! 宝泥棒はこっちだぞ! ・・・まさか!?」
イワンは、そこで、恐ろしいことに気がつきました。
「しまった! 船長も僕らも、とんでもない思いちがいをしてたようだ! 魔導書さ! ゴーレムが守ってたのは宝じゃなくて、魔導書のほうだったんだよ!」
イワンは、すぐさま、宝物庫の扉まで、飛んでいきました。
そのとき、ヒュゥウッと、甲高い口笛の音がしました。火の玉のアイザックが口笛を鳴らしたのです。
「グガガガガガ。」
ゴーレムは、口笛の音に反応して、ゆっくりと、アイザックのほうにふりむきました。
「そうだぜ。お前の相手は、俺たちだ!」
アイザックは、構えた銃を、ゴーレムの胸の石めがけて、ズドンと撃ちました。
「グガァァァ!」
しかし、ゴーレムの突然の動きに鉛玉ははずれ、ゴーレムはまた、宝物庫の扉まで、突進していきました。
吸血鬼のイワンは、急ぎ鉄の扉を閉めようとしていました。
「グガガガガガ!」
「間に合わない!」
イワンは、扉を閉める手をはなし、その場をはなれようとしました。
その瞬間、ゴーレムが、その数多のうごめく腕を、グィッとのばしました。
「しまった!」
ゴーレムは、がっしりと、イワンのマントと右足首をつかみました。すぐさま、胸の石が、妖しい光を放ちはじめました。
「おのれぇぇぇぇ!」
吸血鬼の王子の叫びが、船の中に響きわたりました。
「クゥン! いま、イワンの叫び声が聞こえたんだもん!」
オオカミ男のホップが、耳を逆立てふるえました。
その言葉に、魔導書をもって逃げていたサーシャも、気が気でなくなりました。
「イワン・・・」
「大丈夫じゃ。あれほどの吸血鬼、そうそう、やられはせんて。我輩とて、まだ一度も、この船につかまったこともないのじゃぞ。」
ピッツァ船長はそう言って、サーシャの手を、やさしくにぎりました。
「それより、彼らが戦っているうちに、この書物から情報を聞きだすんじゃ。君だけがたよりじゃ。」
船長の言葉に、魔女っ子サーシャも、真剣にうなずきました。
サーシャは、ペペロンチーノ師の魔導書を開きました。
「メケルヤ、メケルヤ、ルーペンドット、チーパッパ! お願い、魔導書さん。力を貸して!」
すると、魔法をかけられた魔導書から、まばゆい光が放たれました。そして、魔導書は、ゆっくりと本を閉じると、そのまま、頑なに開かなくなりました。サーシャの魔法が、拒否されたのです。
「ええい! なんて頑固な本じゃ! だいたい、この船も、あのゴーレムも、作らせたのは、この我輩だぞ! 我輩の言うことを聞けぃ!」
いらだった海賊の亡霊は、ペペロンチーノ師の魔導書を、無理やりに、こじ開けようとしました。
「ええい、開かんか、こら!」
「やめて、船長さん! だめよ!」
サーシャは、船長から魔導書をとり返すと、自分の胸に押しあてました。
すると、船長が、そうしていらだっている後ろで、オオカミ男が、びくんと、耳を逆立てたまま、かたまりました。
ひとつ目の忍者も、通路の闇にむかって、身構えました。
「グ、ゴ、ギュルル、グ、ガ、グゴゴゴ、グガ、グガガガガガ!!!」
ゴーレムがやってきたのです。そして、そのうごめく数多の腕には、ちぎれた吸血鬼のマントがからまり、体には、たくさんの返り血をあびていました。
「イヤ・・・イヤァァァ!」
サーシャは叫び声をあげると、その場に、ぺたんとすわりこんでしまいました。
「おい! しっかりするんじゃ! サーシャ!」
ピッツァ船長はサーシャに大声をかけました。
しかし、サーシャは、茫然として、まばたきすらしません。
ひとつ目の忍者が、オオカミ男のホップに声をかけました。
「ホップどの! サーシャどのを、背負って、逃げるでござる!」
「そんな。ボクには、そんなこと・・・」
海賊の船長も、ホップに言いつけました。
「ぬかせ! よいか、なんとしても逃げのびろ! もし、我輩たちが倒れるようなことがあっても、日暮れまで逃げきって、この船から脱出するんじゃ! その子を守りぬけ!」
「う、うん。わかったんだもん!
サーシャは、ボクが守るんだもん!」
ホップは、サーシャを自分の背中の上に乗せると、オオカミのように、船の中を走りぬけました。
「ゴーレムめ! これ以上の勝手は許さんぞ!」
ピッツァ船長とひとつ目忍者は、ゴーレムに立ちむかっていきました。
「ウリャァァァァ!」
海賊の亡霊の叫び声が、闇の中にこだましました。
いっぽう、オオカミ男のホップは、自分でも信じられないくらいの速さで、船の中をかけぬけていきました。
サーシャは、そんなホップの背中の上で、うわごとのように、おばけの仲間たちの名前をつぶやいていました。
「フェイフェイ・・・お姉ちゃん・・・イワン・・・」
ホップは走りながら、サーシャに声をかけました。
「大丈夫! みんな、どこかに閉じこめられてるだけだもん! ボクたちだけでも逃げきって、森のみんなに知らせれば、まだ、なんとかなるんだもん!」
「でも、イワンが・・・血だらけで・・・イヤ、イヤァ!」
「サーシャしっかりするんだもん!」
ところが、ホップは、突然、なにかにつまづきました。
サーシャは、その拍子に、ホップの背中から投げだされ、床の上に倒れました。
「ホップちゃん!? 大丈夫? どうしたの! ホップちゃん!」
しかし、サーシャがいくら呼んでも、オオカミのホップからの返事はありませんでした。ホップの姿は、どこにも見あたりません。
「そんな・・・わたしひとりだけなんて・・・」
サーシャは、胸に抱いた魔導書に、涙をこぼしました。
「お願い、ペペロンチーノさん、力を貸して。海賊さんたちも、人をおそったり、宝物をうばってきたり、わるいことをたくさんしてきたかもしれないけど、数百年も、十分、苦しんできたじゃない。許してあげて。お願い、ペペロンチーノさん、こんな悲劇は、もう、おしまいにして!」
魔女っ子サーシャは、魔導書に、メケルヤ、メケルヤ、ルーペンドット、チーパッパと、魔法の言葉を何度も何度も、ささやきました。
すると、サーシャの魔法にこたえたかのように、魔導書が、ほのかに光りだしました。しずかに、その中身が開かれ、パラパラとページをめくると、とあるページのところで止まりました。そして、魔法の文字の一節が、キラキラと、金色に輝きはじめたのでした。
「これが、こたえなの? ・・・でも、わたしには、この文字は読めない。わたしひとりじゃ、なにもできない!」
サーシャは、顔を両手でおおって、その場に泣き伏せました。
「ひとりじゃないさ。」
すると、サーシャのすぐ後ろで、吸血鬼の王子の声がしました。
「イワン! 無事だったの!?」
けれど、サーシャは、吸血鬼の姿をその目にすると、すぐに後ずさりしました。イワンのズボンもマントも血だらけで、片方の足がないのです。鏡のまやかしのようでした。
「心配いらない。僕は鏡のまやかしじゃないよ。ゴーレムに足をつかまれてね。とっさに、自分の足を切り落として逃げたんだ。出血が、ややひどかったけど、血もすぐに止めたよ。」
イワンはそう言って、サーシャの肩に、すっと手を置きました。
「ほらね。こうしても、鏡の中に吸いこまれない。僕は本物だよ。」
「よかった・・・」
サーシャは、安心して、思わず、イワンの胸に抱き着いていました。
そして、イワンは、肩からさげていたおばけ探知器を、サーシャに見せました。
「僕らは、とんだ勘ちがいをしていたんだ。ゴーレムに宝を守らせていたのは、その魔導書の力だったんだよ。ゴーレムは、魔導書に引き寄せられていたんだ。おかげでゴーレムに、宝物庫から逃げられてしまったわけだけど、いま、アイザックたちが船長と合流して、ゴーレムを引き止めてる。こっちは、ハサミ男の機械のおかげで、ゴーレムの奴より、はやく君を見つけられたってわけさ。
そうそう、それから、ホップならすぐそこで、気絶してたようだよ。すぐ、目も覚ますだろう。」
イワンは、そうして、サーシャの魔法がかけられた魔導書を、その手にしました。
「ふむふむ・・・古代魔法文字か。」
「読めるの?」
「辞書と、たっぷりの時間がほしいところだね。ただ、この光ってる短い文章くらいなら、なんとか自力でも読めそうだ。」
イワンは、魔導書の光る文字を目で追いました。
「・・・亡霊の動き、音・・・欠陥・・・特定の音、過剰な反応・・・楽器は控えよ・・・そうか。それで、口笛の音に、あんな反応を。」
「なにかわかったの?」
「どうやら、あのゴーレムは、おばけの動きを察知する上で、音にとても敏感に造ってあるらしい。ただ、ある種の特定の音に過剰反応して、誤作動を起こす欠陥があるみたいだ。アイザックの口笛にも、妙な反応をしたし、たぶん、そんなとこだろう。」
「なにかの音に苦手なの?」
そのとき、魔女っ子サーシャの魔法の本にも、変化がありました。
ドクロ沼の魔女から、魔法の連絡が入ったのです。
「サーシャ、サーシャ! 聞こえてる? 返事をして!」
「お姉ちゃん!」
「よかった。やっとつながった。さっきから、ずっと呼んでたのよ。」
ヴェネッサの連絡に、イワンもこたえました。
「どうした? なにかわかったのか?」
「イワンも一緒ね。よかったわ。異次元空間の出入り口を見つけたのよ。あなたたちが、炎やら雷やら風やら、こっちに散々送りこんできてくれたおかげでね。」
「それは、お役に立ててなにより。」
「とにかく、私の魔法とキョンシー兄妹の妖術で力を合わせれば、なんとか、こじ開けられそうよ。」
本の中からは、キョンシー娘の声も聞こえました。
「アタシたち兄妹におまかせあれアル!」
「そうか。よかった。こっちも、ゴーレムの弱点がつかめてきた。なんでも、特定の音に弱いらしい。」
吸血鬼の言葉に、本の中からも、びっくりフィリップの返事がありました。
「そうそう! そういや、あいつ、このオレっちの鈴の音にも、たいそう惑わされてたぜ!」
吸血鬼の王子は、それを聞いて、考えが確信へと変わっていき、ニヤリと笑みを浮かべました。
「よし、わかった。ゴーレムの動きは、じきに止めてみせる。そのあとの脱出は、君たちに任せた。それから、そうだ。マシュ・マ・タンゴ、聞いてるか? 調子はどうだ?」
本の中から、すぐに、踊りキノコの返事もありました。
「オオ! なんデッシュカ? 酔いも覚めて、元気デーッシュヨ!」
「自慢のアコーディオンで演奏してくれないか? 異次元空間から効果があるかわからないけど、楽器の音がゴーレムに効くかもしれない。」
「オッケー! マシュの歌が役立つなら、ヨロコンデェーッ!」
すると、本の中から、すぐに、踊りキノコのアコーディオンの音色で、“蠢く魔物の歌”のメロディー が、流れるように聞こえてきました。
「よしよし。その調子だ。みんな、いい知らせを待っててくれ。」
「期待してるわよ、王子様。」
そうして、ドクロ沼の魔女からの連絡も切れました。
吸血鬼のイワンは、しずけさに包まれた幽霊船の中で、深く息を吸いこみました。
「僕は、自分ひとりでも、なんだってできると思ってた。でも、思いあがりもいいところさ。実際には、ひとりひとりにできることなんて、たかが知れているんだ・・・だけど、僕らはひとりじゃない。仲間がいる。いまこそ、みんなの力を合わせるときだ。」
イワンはそう言って、サーシャのその手をとりました。
「でも、そのまえに、サーシャ。君に、ひとつだけお願いがある。」
「わたしに?」
「ああ。力を使いすぎた。血が足りないんだ。」
吸血鬼の王子はそう言うと、その口から、チラリと牙をのぞかせました。