雨夜のメランコリー 第八章
「ショータイム」
そのころ、ピッツァ船長の妻、ラザーニャの優雅な部屋へとたどり着いていたヴェネッサたちは、そこで見つけたドレスや宝石を物色して、いろいろと着飾っていました。
「ウフフフ。海賊船のお姫様アルヨ。」
「オホホホ。みんな、わらわの下僕におなり、なんてね。」
ドレスを着たフェイフェイとヴェネッサは、すっかりいい気分になっていました。
頭にリボンを結ばれたオオカミ男まで、なんだか楽しそうにしていました。
「ネェネェ! この格好で男の子たちのところへいって、海賊船の幽霊のふりをして、からかおうアルヨ!」
「それは、いいわね。あいつらの調査なんて、せいぜい、邪魔してやりましょう。」
はしゃぐふたりの後ろで、魔女っ子サーシャも、赤いドレスを着せられて、その場に立っていました。サーシャは、指にはめられたルビーの指輪を見つめて、ぼうっとしていました。
「ほら、サーシャ。あなたも、いつまでもいじけてないで、こっちにきなさい。」
「そうアルヨ。サーシャのドレス姿、とってもかわいいアル。鏡に映してみるといいアルヨ!」
サーシャは、フェイフェイにいざなわれて、鏡の前に立ちました。
ドレスは、サーシャたちの体には少し大きくて、ぴったりとは合いませんでしたが、それでも、鏡に映ったサーシャの姿は、海の上のお姫様のように見えました。サーシャの首からかけた真珠の首飾りが、ピカピカと、光っています。
「ねぇ? 海賊船に乗りこんできたのも、わるくなかったでしょう、お嬢さま?」
お姉ちゃんの言葉に、サーシャも、思わず、頬を赤らめました。
「ほぅら、いい子ね。顔は正直よ。」
「サーシャは、ほんと、かわいいアル。」
そのとき、不意に、鏡の中から、楽しそうな歌声が、聞こえてきたような気がしました。
すると、サーシャたちの姿を映した大鏡に、うっすらだんだんと、海賊たちの姿が浮かびあがってきました。
海賊たちの中央では、美しい女性の幽霊が、踊りながらサーシャたちに手をふっていました。
「海賊なんだもん!」
「ネェネ、あのキレイな女の人、ピッツァ船長のお嫁さんアルカネ? なんだか、サーシャに、ちょっと似てるアルヨ。」
ホップとフェイフェイが、鏡の中のようすに見入っていると、ヴェネッサは、納得いったように話しだしました。
「あぁら、そういうこと。わかったわ。この船の海賊たちは、おばけになったあと、鏡の中に、隠れて暮らしていたのよ。」
「そういえば、船の中は鏡だらけだったアル!」
「きっと、私たちのことを、鏡の中から、ずっと見ていたのね。私たちも、同じおばけだとわかって、ようやく迎えてくれる気になったのかしら。」
ヴェネッサの言葉に、鏡の中の美しい幽霊も、ニコニコとうなずいて、手招きをしました。
ヴェネッサは、そっと鏡に手をのばしました。すると、鏡に触れたとたん、ヴェネッサの体は、鏡の中に吸いこまれていきました。
鏡の中で、海賊たちが、どっと愉快な歓声をあげました。
美しい幽霊は、鏡に入ったヴェネッサの手をとって、あいさつをしました。
「まって、アタシもいくアル!」
フェイフェイもつづいて、鏡の中に入っていきました。同じように、鏡の中から歓声があがりました。
そうして鏡の中に入ったふたりは、サーシャにも中に入ってくるよう、ニコニコと手招きをしました。
サーシャは、恐る恐る、鏡へと手をのばそうとしました。そのとき。
「鏡に触れてはいかん!」
突然、大きな声がしました。
サーシャはおどろいて、あたりを見まわしました。けれど、誰の姿もありません。
「ワォン!? サーシャ! 鏡が真っ暗になっちゃったんだもん!?」
ホップが叫びました。ホップの言ったとおり、鏡は真っ暗となっていて、サーシャの姿すら映さないようになっていました。
「お姉ちゃん!? フェイフェイ!? どうなったの!? 返事をして!!」
サーシャの呼びかけに、鏡の中からは、いつまでも返事がくることはありませんでした。
“ 鏡だ。鏡のまやかしだ。なんということだ。この船に掛けられた魔除けとは、単なる魔の物を寄せつけないだけのまじないなどではなかったのだ。魔の物を喰らう、恐ろしい代物だったのだ。
まさか、ペペロンチーノ師の術が、亡霊にとって、これほどまでに恐ろしいものであったとは。我輩は、なんと、とんでもない船を作らせてしまったことか。
すでに、何人もの部下たちが鏡のまやかしにやられてしまった。この船の上で起こることは、すべてが鏡のまやかしなのだ。”
吸血鬼の王子は、ここまで航海日誌を読んで、踊りキノコのようすに目をやりました。
踊りキノコは、うつらうつらと眠っているようでしたが、その顔色はとてもわるく、ひどく苦しんでいるようでもありました。踊りキノコが、鏡のまやかしにかかっているのは明白でした。
「イワンくん。これは、ただ事ではありませんぞ。急いでマ・タンゴくんを安全なところへつれていきましょう。」
ミイラ男の言葉に、イワンも、重々しくうなずきました。
そして、航海日誌のつづきが気になったイワンは、そのさきに、すばやく目をとおしました。
“鏡のまやかしだけでない。奴だ。奴が動きだしたのだ!”
「嫌ナ予感スル・・・オ前タチ、構えろ。来るゾ!」
キョンシーのロンロンが、いつになく、真剣な口調で注意をうながしました。
海賊船の武器庫で、謎の音を耳にしていたハサミ男たちでしたが、近づく気配にただならぬものを感じて、びっくりゴーストも、ハサミ男も、ズンズンと音のする扉のほうへむかって身構えていました。
「グ、グ、グ、グ。ガアアアア!」
すると、つぎの瞬間。得体も知れぬタルの化け物のようなものが、扉を蹴り開けて、ロンロンたちの前にあらわれました。化け物の胸の真ん中では、星型の石が、不気味な光を放っています。
「グ、ゴ、ギュルルルルル。」
「な、なんだコイツは!?」
目の前にあらわれた奇妙な化け物に、おばけたちは、呆気にとられました。
化け物は、おばけたちをとらえようとするかのように、いくつもある長い手をのばしてきました。
「ウーガー!!」
すると、フランケン坊やが、手にしていた錆びた鉄砲を投げ捨てて、自前のハンマーにもちかえると、すぐさま、果敢にハンマーをふりあげて、化け物相手に飛びかかっていきました。
「オオ! 坊や、いけズラァ! 見たところ、おばけの反応もなし。きっと、海賊のオンボロロボットだズラ! ぶっこわすズラァ!」
「ウーガー!!!」
フランケン坊やのふりおろした一撃に、化け物も、ズドンと、たまらず吹っ飛びました
「ヒャッホゥ! さすがは坊やだぜ!」
「ウッヒッヒィ。」
フランケン坊やも笑い声をあげました。
しかし、吹っ飛んだ化け物は、すぐさま起きあがるやいなや、坊やに飛びつきました。
化け物とフランケン坊やは、取っ組み合いになりました。
「ウーガァ!」
「力比べなら、坊やが負けるはずないズラ! いけ! いけズラ!」
ところが、そのとき。化け物の、胸の石の光が、妖しく増していきました。すると、その瞬間、フランケン坊やのその大きな体が、するすると、石の中に吸いこまれていってしまったのです。
「ウーガァァァァァァ!」
「坊やああああ!」
ハサミ男のゾル・ゾッカは大声で叫びました。そして、ハサミ男も、手にしたオンボロの剣を投げ捨てると、すぐさま、、坊やを吸いこんだ憎き化け物にむかって、自慢のハサミで切りつけにいこうとしました。
「よくも、坊やをやってくれたズラ!」
「止せ! 逃げるんダ!」
キョンシーのロンロンは、ハサミ男を無理やり押しのけると、手当たり次第に、武器庫にあった武器を、投げつけて、化け物の足止めをしました。
「得体知レヌ技使う。奴、危険。イワンと合流するコト、まず、先。」
「くぅぅ・・・坊や、必ず助けにくるズラァ!」
ハサミ男とびっくりゴーストは、すぐさま部屋を出て、その場から逃げていきました。
そして、のこったロンロンは、化け物が簡単に出てこれないよう、武器庫の中を、めちゃくちゃに荒らして、道をふさいだのでした。
“ あ奴めがあれほどの動きをするとは。宝の番人にと、ペペロンチーノ師からもらい受けたゴーレム。生きていたときは、ただの木偶の坊の機械と馬鹿にしていたものだが、まさか、これが、魔除けの秘密兵器だったとは。
奴めの前では、我輩は、我が妻を、我が子さえも、守ることができなかった・・・許さぬ。決して許さぬぞ。奴の息の根だけは、この手で止めねば!”
「ゴーレムだと・・・」
イワンは、そこまで航海日誌を読んだとき、我が目を疑いました。
ゴーレムとは、魔術師の手によって造られた魔導機械。恐ろしい力を秘めた魔人なのです。まして、おばけと戦うための特注のゴーレムとなれば、いかにおばけの貴族である吸血鬼といえども、厄介な相手でした。
「ウウッ・・・ウウウ・・気持ちわるいデーッシュ。」
そのとき、それまでしずかにしていた踊りキノコのマシュ・マ・タンゴが、奇妙なうなり声をあげました。
見れば、マシュ・マ・タンゴの体が、ドロドロと溶けはじめていたのです。
「た、す、け、て、クダシャーイ!」
溶けだしたマシュ・マ・タンゴは、じたばたと、もがき、ミイラのトトメスに抱き着きました。
「イヤ、イヤ、イヤイヤ! ムリ! ムリでありますぞ! はなしてくだされ! ああ、ああああ!」
すると、抱き着かれたトトメスは、溶けたマシュ・マ・タンゴの体の中に、見る見るうちに、とりこまれていきました。
「ウギャアアアア!」
そして、イワンたちの見ている前で、なすすべもなく、マシュ・マ・タンゴとトトメスは、シチューのように溶けて、船の床に吸いこまれていったのでした。
「な、なんてことだ。これが、この船の力!? まずいぞ、ゾル・ゾッカたちも危ない!」
のこされたイワンとカゲザエモンは、顔を見合わせてうなずくと、航海日誌を手に、急ぎ船長室を後にしたのでした。
「イワーン! 大変だズラァ! イワーン! 化け物だズラァ!」
いっぽうで、謎の化け物におそわれたハサミ男たちも、イワンたちと合流しようと、大声をあげながら、船の中を走っていました。
イワンも、すぐにその声を聞きつけ、声のするほうへと、急ぎむかっていきました。
「みんな、無事だったか!?」
「無事じゃないズラ! 坊やが、坊やが、化け物に飲みこまれちゃったズラ! おばけ探知機にも反応しない、とんでもない化け物がいたズラ!」
「さては、ゴーレムも動きだしたのか。」
ゾル・ゾッカの話に、イワンの表情も険しくなりました。
「ゴーレムだって? なんだ、そいつは?」
びっくりフィリップも、ひどく焦ったようすで聞き返しました。
「君たちの遭った化け物のことさ。航海日誌を手に入れたんだ。この船の謎も、ようやく解けてきたよ。」
イワンは、そこで、ひと呼吸おいて、気を落ち着けると、その場のおばけたちに言いました。
「こっちもマ・タンゴとトトメスさんがやられた。このまま船に居座るのは危険すぎる。ひとまず、船を出るぞ!」
そのとき、不意に、イワンたちに声をかけてきた者がいました。
「どうした? ずいぶん騒がしいな。幽霊でもあらわれたのか?」
声をかけてきたのは、火の玉のアイザックでした。
見張り隊長をしていたはずのアイザックの、突然の出現に、イワンは、思わず、強くつめよりました。
「アイザック!? どうして君がここにいるんだ?」
「そいつがな、イワン。ドクロ沼の娘どもに、してやられてな。船に侵入された。面目ない。すぐつれもどせるだろうと思って、後を追ってきたんだが、あいにく、このざまだ。道に迷った。」
「チッ。ヴェネッサのやつか・・・まてよ。まさか、サーシャもいっしょじゃないだろうな!?」
「ああ、いたさ。たいしたお嬢さんだったぜ。この俺に、やさしく毒盛りドーナッツを手渡してくれたよ。」
アイザックの言葉に、吸血鬼の王子の顔色は、見る見るうちに青ざめていきました。
「そうそう、それから、お前んとこの妹もいっしょだったぜ。」
と、アイザックはキョンシーのロンロンにむかっても、つけくわえました。
ロンロンは、表情ひとつ変えることなく、だまったままでいました。
「それで、イワン。船の中でなにがあった?」
アイザックの問いかけに、イワンは、なおも苦汁にみちた顔をしていましたが、航海日誌をもつ手に力を入れると、声を張りあげて、こう言いました。
「話は移動しながらだ。とにかく、いったんここは退避する。もっと対策が必要だ。とんだ幽霊船だったんだよ、この船は!」