雨夜のメランコリー 第七章

「勇敢なる海賊団」

 

♪ 暗き船の中で さまようおばけたち 我らの名はいかに

 我らの魂は何処より来たりて 何処へ向かう?

 今宵は 心も踊る 船の中 

 もしも時間が許すのであれば このままずっと歌おうぞ ♪

 

 ワインですっかりベロベロになった、踊りキノコのマシュ・マ・タンゴの歌声が、船内にゆったりと響いていました。

「まったく、こんなに酔っぱらっちゃって。いくらなんでも、飲みすぎですぞぉ。」

 ミイラ男のトトメスは、踊りキノコの体をささえてあげながら歩いていました。

「オットゥ! しかたアリマッシェーン! あれは、事故デッシュヨ。マァ、デモ、なかなかに、おいしいワインデシタヨ。みなさんも、召しあがればよかったデシュのに。」

「とんでもない。わたくしは、あんなもの、まっぴらごめんでありますぞ。」

 ミイラ男と踊りキノコの、そんなやりとりを横目にしながら、吸血鬼の王子イワンは、どうにも釈然としない顔つきで、歩みを進めていました。

 あのワインは、どう考えても不自然でした。こんなボロボロの船に、おいしいワインがのこっている理由はただひとつ、この船が幽霊船であるということ以外考えられませんでした。さきほど、突然あらわれた扉にしても、そうです。ただ、イワンには、どうにもそれらが、幽霊の仕業のようには感じられませんでした。おばけの気配が、まるで感じられないのです。いまのところ、マシュ・マ・タンゴの調子は、ただ、酔っぱらっているだけのようでした。けれど、いつ調子がおかしくなるかもわかりません。今晩のところは、早めにきりあげたほうがよさそうだなと、イワンはそんな風に考えていました。

 そうして、吸血鬼の王子が、考えをまとめながら廊下を進んでいたとき、ひと足さきに、船内のようすをうかがいにいっていた、ひとつ目の侍が、闇の中より、ぬっと、その姿をあらわしました。

「イワンどの。ひときわ装飾の立派な扉を見つけたでござる。おそらくは、あれこそが船長室ではござらぬかと。」

「ウワーオ! いよいよ船長の部屋デッシュネ!」

 船長室と聞いて、酔っ払いキノコがはしゃぎ出します。

 イワンも、マシュ・マ・タンゴの体の調子が気になりつつも、興奮を抑えられないような気持ちになってきました。

「うむ。案内をたのむ。」

 ひとつ目侍のカゲザエモンにみちびかれて、一行は、ひとつの大きな扉の前までやってきました。扉の上には、トマトの形をしたドクロの紋章が、大きく、堂々と彫られています。

 イワンは、扉の取手に手をかけました。

 一同に緊張が走ります。

 イワンは、慎重に、ゆっくりと扉を開けました。

「おお! これは!」

 ミイラ男が、おもわず、感嘆の声をあげました。

 その部屋の中には、豪華な棚やソファ、そのほか、さまざまな装飾品であふれていました。壁には、大きな世界地図と、ピッツァ海賊団の旗が貼られています。そして、部屋の中央には、船長のものと思わしき大きな机が、威厳たっぷりに、ドンと置かれていました。

「まちがいない。ここが船長室だ。」

 イワンは、室内をひととおり見まわしたあと、用心深く、船長の机に近づいていきました。机の上には、古びた分厚い書物が、眠れる獅子のように横たわっています。イワンは、その書物を、厳かに開きました。

「ついにみつけたぞ。ピッツァ船長の航海日誌だ!」

 イワンの言葉に、ほかのおばけたちも、急いで集まってきました。

 吸血鬼の王子は、興奮気味に、ピッツァ船長の航海日誌を、声に出して読みはじめました。

 

”3月4日

 いよいよ、長い年月、巨額の富をかけて造船した、このポモドーロ号、出航の日であるぞ。かの偉大なる導師、ペペロンチーノ師の魔除けの術も施したるこの船。もはや、この我輩に、恐れるものなどなにもない。我らピッツァ海賊団こそ、世界最強の海賊団となるのだ。”

 

 ここまで読んだところで、ミイラ男のトトメスが、納得がいったように、深くうなずきました。

「なるほど。ペペロンチーノ師といえば、呪いの教科書にも出てくるほどの、高名な歴史的大魔術師でありますぞ。それほどの術者がかけた呪いともなれば、この船の不思議も合点がいきます。」

 トトメスの話に、イワンも深くうなずきました。イワンは、日誌のさきを読み進めました。 

 

”3月20日

 ポモドーロ号、最初の戦闘は、~の国の商船をおそってやったぞ。我らの前に、護衛の兵隊など、なんの役に立つものか。積み荷は、根こそぎ頂だいした。祖国に栄光あれ!”

”4月13日

 やった! やったぞ! 長年の宿敵たるエスカルゴ海賊団に、ついに大打撃を与えてやったわい。我らがポモドーロ号の前では、奴らの船団など、小魚の群れのようなもの。エスカルゴの奴め、とうとう降伏しよったわい。愉快、愉快!”

”5月6日

 追手の軍艦隊を撃破。のこらず海の藻くずとしてやった。 どこのつまらぬ軍隊か知らぬが、我輩を攻めるに、あのオモチャのような船ではいかんな。ハッハッハッハ!”

 

 ピッツァ船長の航海日誌には、華々しい海賊団の戦果が記されていました。イワンたち一同も、その内容に心をときめかせました。

「すごいぞ! これは大発見だ! 世紀の大海賊団、最後の航海の、歴史的記録だ!」

 

「うりゃあ!」

「どうだズラ!」

「ウーガァ!」

 いっぽうそのころ、ハサミ男たちのほうでも、海賊遊びに熱をあげていました。

 キョンシーのロンロンが言ったオモシロイ部屋とは、海賊の武器庫のことでした。そこには、大砲や銃器だけでなく、世界各国の刀剣や槍など、さまざまな武器が集められていました。

 ハサミ男、びっくりゴースト、フランケン坊やの三人は、それぞれ、気にいった武器を手にとって、海賊のまねごとをしました。

「キーン! キーン! やるじゃないか、シザーハンズ!」

「シャシャシャ! お前こそ、海原の亡霊よ! いくズラ!」

「ウーガー! バンバン!」

 キョンシーのロンロンは、そんな三人を気にかけることなく、集められた武器を、いろいろと手にとっては、よく吟味していました。そして、ヌンチャクを見つけると、ブンブンとふりまわし、使い心地をたしかめはじめました。

「おお、おお。スゲェズラ!」

 ほかの三人も、武闘派キョンシーの、華麗な武器さばきに、目をうばわれました。

 ロンロンはつづけて、青龍刀に棒術と、武の舞いを披露して、武器の使い心地を試しました。

「ワーオ! さすがカンフーマスターだぜ! カッチョイイ!」

 三人は、ロンロンの武の舞いに、パチパチパチと、拍手を送りました。

「フン。ドレモコレモ、状態は、アマリ良くないナ。ガ、修理すれば、使えないこともナイ。」

 するとそのとき、ズーン、ズーンと、低く鈍い音が近づいてくるのが聞こえてきました。

 ハサミ男のゾル・ゾッカは、すぐさま、おばけ探知機を確認しました。

「いいや。探知機には、なんの反応もないズラ。なんの音だズラ?」

 四人は、だまって音のするほうへと耳をすませました。

 

「ねぇ、まだ、なにか聞こえる?」

「大丈夫そうなんだもん。もう、鈴の音もしてこないんだもん。」

 小動物に変身したサーシャたちは、廊下の壁に空いた穴をくぐり抜けたあと、適当に逃げこんだ部屋の、クローゼットの中に隠れて、ドクロ沼の魔女の緑頭巾の中にくるまっていました。ヴェネッサの緑頭巾には、おばけの気配を消す、魔法の力があるのです。

「もう、出てってもよさそうアルネ。」

 カミユーレイになったフェイフェイはそう言って、クローゼットの中からすべり出ると、部屋の外に出て、きょろきょろとあたりを見まわしました。

「うんうん、平気アル。」

 キョンシー娘のフェイフェイはそう言って、もとの姿にもどりました。

 サーシャたちほかの三人も、クローゼットから出てくると、魔法の力をといて、もとの姿にもどりました。

 「ワゥン。こわかったんだもん。心臓が止まるかと思ったんだもん。」

と、オオカミ男のホップが、ゲホゲホと咳きこみました。

「なに言ってるのよ。私たちおばけの心臓なんて、はなっから動いちゃいないでしょ。」

 魔女のヴェネッサはそう言って、自分たちの逃げこんできた部屋を、あらためて見わたしてみました。

 そこは、およそ海賊船には似つかわしくないような、優雅な部屋でした。もとは鮮やかな色をしていたであろう、豪華なカーテンとじゅうたんで飾られ、壁には、大きな鏡が掛かっていました。置かれた家具も、丸みをおびていて、まるでお姫様の部屋のようです。

「ねぇ、見て見てアル! アタシたちの隠れてたクローゼットの中、ドレスでいっぱいだったアルヨ!」

  フェイフェイはクローゼットを開けて、中のドレスを一着、自分の体にあててみました。それから、引き出しの中なども開けては、中を調べていきました。

「わぁ! 宝石だってたくさんあるアルヨ! ほら!」

「ふうん。ずいぶん優雅な海賊船だこと。海の上で、舞踏会でも開いてたのかしらね?」

 ヴェネッサたちの会話を聞きながら、魔女っ子サーシャも、部屋の中をながめわたしていました。そして、サーシャは、目の前の大鏡に目を止めると、鏡に映った自分たちの姿を、ぼんやりと見つめたのでした。

 

 船長室では、なおも、ピッツァ船長の航海日誌が読まれていました。

 

”7月16日

 今宵はなんとすばらしい日であろうか! この船にも同船したる我が最愛の妻、ラザーニャの妊娠が発覚したのだ! 生まれてくる子どもは、きっと男の子にちがいない。このピッツァ海賊団の跡継ぎとして、勇敢な男に育てねばな。愛する部下たちとともに祝杯をあげようぞ!”

 

「おお。まるで、この世のすべてを手にいれたかのような、男の一代記ですな。」

と、ミイラ男のトトメスはため息をつきました。

「けれど、ピッツァ船長にとっては、これが最後の航海となったんだ。悲しいことにね。」

 吸血鬼の王子は、さきのページをパラパラとめくって、この船の遭難した真相を探しました。すると、すぐにイワンの目に”嵐”の文字がとびこんできました。

 

”11月8日

 なんということか。季節はずれの大嵐にまきこまれた。こんな嵐には、いままで遭ったこともない。フフフ。しかし、これこそが試練というものだ。この船の真価が試されているのだ。”

”11月10日

 いまだ嵐からぬけ出すことができない。さすがに部下たちにも、つかれの色が見えてきた。妻の体も心配だ。”

”11月12日

 こんな馬鹿なことがあろうか? 止まぬ嵐などない。それが、いまだ嵐の中にいるとは。我輩はとうとう、神の怒りにでも触れてしまったのだろうか? しかし、ここでこの命果てるとも本望。それでこそ海の男。我が一生に一片の悔いなし。”

 

 そこで、航海日誌はおわっているようでした。ピッツァ海賊団は、大嵐に飲みこまれて消えたのが、行方不明の真相のようでした。

「最後まで、勇敢な船長であったのでござるな。」

 ひとつ目侍のカゲザエモンは、しずかにため息をもらしました。

「ああ。僕も、おばけの森の盟主として、かくありたいものだ。」

 吸血鬼の王子も、しずかに目を閉じました。

 すると、ミイラ男のトトメスが、なにかを見つけたようで、イワンにそっと、話しかけてきました。

「おや、イワンくん? この日誌、まだ、おわりではないようですぞ。ほら、ごくうすくではありますが、このあとにも、まだ文字が。」

 イワンは、トトメスに注意をうながされて、よく目を凝らしてみました。するとたしかに、かすかな文字で、つづきが記されているのが読めました。

 

” あの嵐から、どれほど月日が経ったのであろうか? こうして肉体は滅び、骨の身体となっているというのに、魂はまだこの船に残っているのだ。

 あれほど忌み嫌ってきた亡霊に、みずからがなってしまうとは。なんたる宿命か。我輩だけではない。部下も、そして最愛の妻までも、みな亡霊となって、この船上に残っている。それどころか、嵐に飲まれ沈んだはずの、我がポモドーロ号すらも、幽霊船として復活したのだ。

 死してなお、海の上を進めとは、神もなかなか粋なはからいをしてくれるではないか。

 我ら、ピッツァ海賊団は、永遠に不滅なのだ!”