雨夜のメランコリー 第六章
「ようこそ海賊船へ」
こうして、二手に別れて、船の探索をすることになった調査団の一行。
船長室を目指す吸血鬼の王子たち四人のおばけは、ひとまず、船尾の方向へと進んでいくことにしたのでした。
「しかし、イワンくん。わたくしにはどうにも、この船は危険を感じてなりませんね。謎の声といい、魔除けといい、先程の扉の出現といい、この船が呪われているのはまちがいありませんぞ。仮に船の謎が解けたとしても、ここをおばけたちの遊び場とするのは、いかがなものかと思いますぞ。」
ミイラ男のトトメスが、おどろおどろしい口調でそう話すと、吸血鬼のイワンも、それにしずかに同意しました。
「同感ですね。それこそ、船の中で迷子が出るたびに、捜索隊を出すことになんてなったら、たまったものじゃない。僕たちで管理するには手に余りそうだ。調査がすんだなら、この船には、また、海に旅立ってもらうのがいいかもしれませんね。」
ふたりの話に、ひとつ目侍のカゲザエモンも、じっと耳をかたむけていました。
そうやって、吸血鬼の王子とミイラ男が、話し合いながら歩みを進めていく中、踊りキノコのマシュ・マ・タンゴは、通りかかった部屋の扉を、かたっぱしから開けて、落ち着きなく中をのぞきこんでいました。
部屋は、どれも、船員たちが寝起きしていた部屋だったようで、海賊たちのくらしていた跡が、いまだにのこっているようでした。
「ワーオ! 鍵のついた箱を見つけマシタヨ! 宝箱かもシレマッシェーン!」
マシュ・マ・タンゴが大声をあげました。
しかし、吸血鬼のイワンは、そんな踊りキノコを、少したしなめるように言いました。
「マ・タンゴくん。君が興奮するのもわからなくはないが、そういった細々とした物は、後回しにしておくれ。今日のところは、船長室を探すのが先だ。まずは、船の謎に少しでも近づかないと。」
「オオ! 大丈夫! わかってマーッシュヨ! 船長室デーッシュネ! いきマーッシュヨ!」
マシュ・マ・タンゴは、はりきって、どんどん前へと進んでいきました。
なんの警戒心もなく、つぎからつぎへと部屋の中に入っていく踊りキノコを、吸血鬼の王子とミイラ男は、少し苦々しく思いました。けれど、それならそうと、危険はないかどうか、彼の体をもって試してもらうことにして、部屋の探索は、そのまま、踊りキノコにまかせることにしました。
「オオ! これはすごいデッーシュヨゥ!」
マシュ・マ・タンゴが、また、おどろきの声をあげました。
イワンたちが、踊りキノコの入った部屋まできてみると、中には、たくさんのタルが整然と棚の上にならべられていました。ワインの貯蔵庫のようでした。
「見てクダサイ! まだ、中身の入ってるタルものこってるみたいデッシュヨ! 海賊サンたちは、どんなワインを飲んでいたんデッショウネー!」
「ちょっと、マ・タンゴくん。おやめなさいよ。まさか、そんなもの口にしようというんじゃありませんよね?」
「ハッハ! いくらマシュだって、そこまでのお調子者じゃゴザイマッシェン!」
と、マシュ・マ・タンゴはそう言って、まだワインの入っているらしいタルのひとつを、バンっと、たたきました。
すると、その瞬間、いきおいよくタルの栓がぬけて、中のワインが、踊りキノコの体めがけてあふれ出てきました。
「ウワァ! ウォップ! ウギャアアアアア!」
マシュ・マ・タンゴの叫び声が、船内にひびきわたりました。
「おい? いま、誰かの叫び声が聞こえなかったか?」
と、びっくりゴーストのフィリップが、首をかしげました。
「ん? たぶん、ありゃ、踊りキノコの声だズラ。」
と、ハサミ男の ゾル・ゾッカも、足を止めて、耳をすましてみました。
しかし、しばらく耳をすましていても、とくに、あとからなにか聞こえてくるということもなかったので、ハサミ男は、もっているおばけ探知機に、その目をもどしました。
「まぁ、なにかあったら、こっちにも知らせにくるだろうズラ。だいたい、マ・タンゴのやつは、いちいち反応が大げさすぎるんだズラ。ほっときゃいいズラ。」
「それもそうだな。」
ハサミ男の言葉に、びっくりゴーストもうなずくと、その首にかかった鈴も、チリンと音を鳴らしました。
ハサミ男とびっくりゴースト、フランケン坊や、キョンシーの四人は、吸血鬼の王子たちとは反対の、船首の方へと進んでいました。おばけ探知機を手に、船内にひそんでいるかもしれないおばけ、および、行方不明のコウモリの探索を続けていましたが、いまだ、探知機の反応もないままでした 。
「さ、ぐずぐずしてられないズラ。なにしろ、でっかい船だズラ。どんどん進まないと、夜もすぐ明けちゃうズラ。」
ハサミ男のゾル・ゾッカは、そう言って先を急ごうとしました。
ところが、ハサミ男の相棒のフランケン坊やは、どうしたわけか、壁に掛けてあった鏡の前で、ボーっとしたまま動こうとしません。坊やは、まるで催眠術にでもかかったように鏡に見入っていて、頭を右に左に、ふらふらとゆらしています。坊やは、鏡にふれようと手をのばしました 。
「おい、坊や? なに見てんだズラ。こいつは、ただの、カ・ガ・ミだズラ!」
「ウ、ウガ?」
フランケン坊やは、ゾル・ゾッカにせっつかれて、急に、我に返ったようでした。
「ヒャハハハハ! 坊やも、おませさんだねぇ。自分の顔に見とれるなんて。よ! 男前!」
と、びっくりフィリップも、坊やをちゃかしました。
そのとき、とつぜん、おばけ探知機に、ピコンと、鈍い反応がありました。
「おっと、きたズラァ! おばけの反応だズラ! どれどれ・・・一つ、二つ、三つ、四つ。わぉ、四つも大きな反応があるズラ!」
「四つだって? それってイワンたちの反応じゃねえの?」
「いいや、ちがうズラ。この反応の仕方は・・・女だズラ! 少なくとも三つは、女のおばけの反応だズラ!」
「女だって! イヤッホゥ! それで、どこだ? どこ? 反応があるのは、どっちのほうよ?」
「あっちだズラ!」
「イヒヒヒヒ! いま、お迎えにいくよ、カワイコちゃーん!」
ハサミ男たちは、おばけ探知機のとらえた反応にむかって、いっせいに走りだしました。
いっぽうで、ドクロ沼の魔女たちも、男の子たちとはちがった隠し扉をみつけだし、海賊船の中を、ゆうゆうと探険していました。
「アイヤァ! さっすがは、ドクロ沼の魔女と呼ばれるだけのおばけアル。魔除けを破って、あんな隠し扉をみつけちゃうなんてね。男の子たちより、きっと、お宝も近いアルヨ。」
「ウフフ。こんな魔除けだらけの場所に、魔女のひとりもつれてこないなんて、あいつら、みんな、バカなのよ。いまに見てなさい。」
無理やりつれてこられたオオカミ男のホップといえば、恐怖と空腹ですっかりつかれきり、さきほどから、魔女っ子サーシャにしがみつきっぱなしでいました。
「クゥゥン、もう、帰りたいんだもん。海賊船なんて、たっくさんなんだもん。」
すると、そのとき、ホップの耳が急に、ピンと反応をしめしました。
「ワゥン・・・きた、きたきたきた! きたんだもん!」
「どうしたアル!? さっきの声が、また聞こえたアルカ!?」
と、キョンシー娘のフェイフェイが聞き返しました。
「ちがう! ちがうよ! 鈴の音だよ! びっくりおばけが近づいてきてるんだもん!」
ホップは、バタバタと、鈴の音の聞こえてくる方を指さして、あわてふためきました。
「まずいわね。まだ、なんにも見つけてやしないっていうのに。逃げるわよ!」
ドクロ沼の魔女ヴェネッサは、音とは反対の方向に、みんなを引きつれて走りだしました。
つまりは、ハサミ男の探知機がとらえたおばけの反応とは、船に侵入していたヴェネッサ、フェイフェイ、サーシャ、ホップの四人に対してのものだったのです。
「ウウ! どんどん近づいてくるんだもん!」
「ゾル・ゾッカのやつ、おばけ探知機をもってたアルヨ! きっと、あれを使ってるアルヨ!」
やがて、すぐにホップ以外の三人にも、びっくりゴーストの鈴の音が聞こえてきました。
「お姉ちゃん!」
と、魔女っ子サーシャも、とうとう、がまんしきれなくなって声をあげました。
「こんな迷路みたいなところじゃ、私たちの方が、分がわるいわね・・・ん? あれは!? しめた。みんな、あそこに逃げこむわよ!」
魔女のヴェネッサは、つきあたりの廊下の壁の端に、猫がとおれるくらいの穴が開いているのを見つけました。
すぐさまヴェネッサは、「メケルヤ」と魔法をとなえると、蛇の姿に変身して、スルスルとその穴の中へとくぐっていきました。
サーシャも、魔法で猫に変身しました。フェイフェイも妖術で、カミユーレイに変身しました。そしてふたりとも、ヴェネッサにつづいて、穴の中へとくぐっていきました。
「ワオーン! ちょっと! ずるいんだもん! ボクは変身なんてできないんだもん!」
オオカミ男のホップは、穴のところまでやってきたところで、壁をがりがりとひっかきながら、ワンワンと泣き声をあげました。
「ったく、世話の焼ける子ね。メケルヤ!」
すると、ホップもドクロ沼の魔女の魔法をかけられて、カエルの姿に変身しました。そうして、カエルになったホップも、いそいで穴の中へと飛びこんでいきました。
「ありゃ!? ありゃりゃ!? おばけ反応が、消えちゃったズラ!?」
ハサミ男のゾル・ゾッカがおどろいて、声をあげました。おばけ探知機の反応が急に弱まって、そのまま、なくなってしまったのです。
「なんだって? くそぉ、このポンコツ探知機!」
と、びっくりゴーストのフィリップは文句を言いました。
「うるさい! ポンコツポンコツ言うなズラ! だいたい、そのチリンチリンうるさい鈴が、うるさいんだズラ! むこうにかんづかれて、逃げられちゃったんだズラ。」
「なんだよ! オレっちが、わるいってのか!?」
ゾル・ゾッカとフィリップが言い争いをはじめたその横では、フランケン坊やが、また、壁に掛けられた鏡に見入って、うつらうつらと、しはじめていました。
「アー、もう! 坊や! だから、それは、カ・ガ・ミだズラ!! ったく、この船、鏡ばっかり置きやがって、うっとうしいズラ!」
すると、そのとき。それまでほとんど、口を開くこともなかった、キョンシーのロンロンが、低い声で話しかけてきました。
「オイ、オ前タチ。オモシロイ部屋、見つけタ。コッチダ。」
「え? オモシロイ部屋だって? どれどれ。」
びっくりゴーストもハサミ男も、オモシロイ部屋と聞いて、機嫌がわるかったのも忘れたように、ロンロンのほうにむかっていきました。そうして、ロンロンにいざなわれるまま、ハサミ男たちは、ひとつの部屋の中へと入っていきました。