雨夜のメランコリー 第五章
「招かれざる侵入者」
吸血鬼の王子イワンは、天井にぶらさがったまま、何度か、大音量の超音波を発して、コウモリたちに呼びかけていました。しかし、いなくなったコウモリたちからは、以前として、応答もないままです。
そして、吸血鬼の王子のその下では、ほかの調査団メンバーたちが、耳に聞こえぬ超音波の音に気づくということもなく、この船のことについて、あれこれと、話をしはじめていました。
「しかし、あれですな。これだけ、あちこち魔除けを施しているとは、そのピッツァ船長とやらは、よほどのおばけ嫌いだったのでしょうな。」
と、ミイラ男が言えば、びっくりゴーストもうなずきました。
「まったくまいっちゃうぜ。こんな船、オレっちが壁をすりぬけて、スィスィっと見てまわれば、すぐに探索できると思ったのによ。これじゃ、下手に動けば、灰になっちまうぜ。ハハハ、うるさい女どもをつれてこなくてよかった。」
びっくりゴーストはそう言って、その首にかけた鈴を、チリーンと鳴らしました。
「そうは言ったって、この船には、まちがいなく、おばけがいるズラ。このおばけ探知機で、なんとしても見つけだしてやるズラ。」
ハサミ男がそう言って、おばけ探知機をカチカチといじりはじめると、びっくりゴーストが、すぐにちゃちゃをいれました。
「だいたい、そのポンコツ探知機、本当に役に立つのかよ? さっきだって、すぐ反応消えちゃったじゃんよ。」
「それは、おめえが、その首のうるさい鈴を、チリンチリン鳴らして追っかけていくから、むこうがびっくりして、逃げちゃったんだズラ!」
「なんだよ! オレっちのせいだっていうのか!」
すると、ミイラ男が、そんなふたりをなだめに入りました。
「まぁまぁ、おふたりとも。どのみち、この船の海賊さんは、おばけがたいそう苦手らしいですから、そう簡単に顔を出してくれそうもありませんぞ。それに、案外、生きていたころ、自分たちで仕掛けた魔除けに、苦労しているのやもしれません。ホッホッホッホゥ。」
すると、ミイラ男の話に、ひとつ目侍が、ふと、疑問を浮かべたように語りだしました。
「しかし、だとすれば、どうにも妙でござる。この船、魔除けによって、おばけが寄りつかぬようにしているというよりは、むしろ、寄ってきたおばけを、閉じこめようとしている風に感じられはせぬか? 現に、船への侵入はいとも簡単でござった。」
「なるほど。一理ありますな。とはいえ、単に魔除けが古くなって、あちこち効き目がなくなっているだけということも考えられますぞ。なにしろ、おばけの通れるところと、通れないところが混ぜこぜで、迷路のようになってしまっていますからなぁ。」
ミイラ男のこたえに、びっくりゴーストも口をつけたしました。
「そうだぜ。もしも、お侍さんの言うように、おばけをつかまえる船だってんなら、とっくになにか動きがあってもよさそうなもんじゃないか。うっとうしい魔除けのほかには、なぁんにもありゃしねえ。ったく、退屈だぜ。」
「そうでござるな。なにもないに越したことはないでござるが・・・」
ひとつ目侍が、なおもいぶかしんでいるところへ、ハサミ男が、おばけ探知機をもって、のりだしてきました。
「それもこれも、あの声の主をつかまえりゃわかるってもんだズラ! そうだズラ? イヒヒヒヒ!」
すると、それまでみんなの話に、じっと耳をかたむけていた踊りキノコが、急に立ちあがりました。
「ワーオ! 盛りあがってきマシタネ! 謎の船の謎も、いよいよ深まっていくばかりデーッシュヨ! ワクワクしマシュネ! みなシャーン! こんなときこそ、歌いマッショウ!」
踊りキノコは、体の中より、自慢のアコーディオンをとりだすと、吸血鬼の王子の作りかけている、”蠢く魔物の歌”を歌いはじめました。踊りキノコ独特のアレンジを加えた、妖しい旋律が船の中に響きわたります。
「・・・蠢く魔物よ、汝は何処、か・・・」
吸血鬼の王子イワンも、天井にぶらさがったまま、この船のことについて、いろいろと考えをめぐらしていました。魔除けをさけて通れる範囲は、だいたい見てまわってきたらしい。船の中は、古びた魔除けがいたるところにのこっているだけで、どこもかしこも、もぬけの殻。中のようすから察するに、海賊船は、海賊たちに捨てられたものか、もしくは、すでに誰か、宝泥棒かなにかに荒らされたあとのようだ、と、イワンには思われました。
正直なところ、イワンにとっては、この漂流船そのものよりも、行方知れずとなった歴史的海賊団の消息について興味がありました。船を調べれば、海賊団について歴史的発見が見つかるかもしれないと、期待していたのです。しかし、いまでは、どうにもその望みも小さくなっているように感じていました。
「だが、まだ望みが消えたわけじゃない。」
魔除けで守られていて、調べられていない場所は多くありました。行方知れずのコウモリたちも見つかっていません。それに、あの声の主が、海賊の死に残りであるという可能性だって、のこっているのです。
するとそのとき、踊りキノコの歌声が、イワンの耳に入りこんできました。イワンの作った歌詞とはちがう、いまの状況をまじえた替え歌になっていました。
♪ 暗き船の中で 蠢く亡霊よ 汝の名はいかに
汝の心は何処より来たりて 何処へ向かう?
我らは 心も踊る 侵入者
もしも時間が許すのであれば 我らと共に歌おうぞ ♪
イワンはそれを聞いて、ニヤリと笑みを浮かべました。
「ハハハハ。なかなかうまいじゃないか。侵入者か・・・そうとも、僕らは、この船にとっては、侵入者にちがいない。」
イワンはそうつぶやくと、天井より舞いおり、部屋の壁を、つぶさに観察しはじめました。
「急にどうしたのさ、王子さま?」
びっくりゴーストの問いかけに、イワンは、しずかにこたえました。
「この壁の先が気になったものでね。わるいが、ゴースト君。この壁をすりぬけて、ちょいちょいと、のぞいてきてもらってもかまわないかな?」
「そいつはおやすいごよう、と言いたいところだが、王子様。王子も知ってのとおり、ここの壁は、また、一段と強い魔除けの術がかかってるらしくてね。触れたら、それこそ大変だぜ?」
びっくりゴーストはそう言うと、そっと壁に手をのばしました。たちまち、電撃でも走ったかのように、火花が散りました。
「おぅ、アチチチチ。」
「そうだね。しかし、だからこそ、この先には、おばけに入ってきてほしくない場所があるんだとは思わないかな? たとえば、船長室だとかさ?」
イワンの言葉に、おばけたちの目が輝きました。
「この船には、住民もいるらしいようだし、あまり手荒なことはしたくなかったけど、どうせ僕らは侵入者だ。壁をこわすぐらい、どうってことないだろう? 力ずくで、魔除けごとこわせないものかとね。」
おばけたちは、おもわず歓声をあげました。
「オーウッ! さすがは我らが団長! そうこなくっちゃデーッシュ!」
「さあ、聞いたか、フランケン坊や! 出番だズラ!」
「ウーガァー!!!」
吸血鬼の王子の提案に、怪力自慢のフランケン坊やも、ハンマーをもって、得意げに、ぶんぶんとふりまわしはじめました。
そのとき、不意にミイラ男が声を出しました。
「あ! まってください! 扉が、扉がありますぞ!」
見れば、その壁に扉があるのに、おばけたちは気がつきました。おばけたちは、ざわつきました。いまのいままで、そこに扉があるなんて、誰も気がつきもしなかったのです。
「おかしいですぞぉ。ここに扉なんてあったはずが?」
「ばかな。扉が急にあらわれたというでござるか?」
「フフ。こわされてはたまらないと、扉を用意してくれたかな?」
イワンは、慎重に扉の取っ手をにぎると、用心深く扉を開けてみました。
そこは、いままで見てきた、なにもない場所とは、まるでちがいました。鉄砲や大砲が並べられ、壁には大きな地図が貼られていました。いかにも海賊船といった雰囲気をかもしだしています。さらには、右に左に長い廊下も続いていて、おばけたちを、船の先へと、いざなっているかのようでした。
「どうやら、ここから先こそが海賊たちの住み処だったらしい。ようやくこの海賊船も、僕たちを歓迎してくれる気になったようだね。どうする? 夜明けまで、もう、それほど長くもない。今日のところは、ここまでとしてもわるくないが?」
しかし、イワンのこんどの提案には、おばけたちは猛反対をしました。
「なに言ってるズラ。せっかくここまできたんだズラ。もうちょっと中をのぞいていくズラ!」
「そうだ、そうだ! やっとおもしろくなってきたんじゃんかよ!」
みなの反応に、吸血鬼のイワンも笑顔を見せて、その口からは、鋭い牙をのぞかせました。
「ハハハ。まぁ、そう急ぐなよ。じゃあ、こうしよう。ここからは二手に分かれて、軽くようすを見てこようじゃないか? ゾッカと坊や、君たちは引き続き、その探知機を使って船内の亡霊とコウモリたちの探索をつづけてくれ。フィリップとロンロンも、ふたりを手伝うのがいいだろう。のこりのメンバーは、僕と船長室を探しだそう。船長室になら、この船の謎を解くカギがあるかもしれない。」
イワンはそう言ってから、ひと呼吸おくと、調査団のみなにむかって、注意をつけくわえました。
「いいかい、みんな。あまり深追いはするな。この船の変わったところは、魔除けだけじゃなさそうだ。切りのいいところで引きあげてくれ。探険はまだ、はじまったばかりなんだからね!」