雨夜のメランコリー 第四章
「漂流船の調査団」
船の内部に乗りこんだサーシャたちは、ドクロ沼の魔女を先頭として、男の子たちに見つからないよう、慎重に歩みを進めていきました。
オオカミ男のホップは、びくびくしながらも、ピンッと耳を立てて、あたりの音に注意しています。
「どう? なにか聞こえる?」
「だ、大丈夫なんだもん。みんなの声は、まだ、聞こえないんだもん。 」
船の中は、ひどく湿っぽくて、カビと潮の匂いであふれていました。壁も床も、かなり傷んでいて、あちこち穴も空いています。船内の、荒れはてた不気味なようすは、まさしく幽霊船そのものとしかいいようのないものでした。
「ね! 見てアル! あれ、きっと、海賊船の紋章アルヨ!」
キョンシー娘の指差した先には、立派な飾りの施された、大きな鏡が掛かっていました。そして、その飾りの頂点から、トマトの形をしたドクロの紋章が、サーシャたちを、にらみつけるように見下ろしていたのでした。
サーシャたちを映した鏡の表面が、妖しく光を放っています。
「フフフ。ウワサどおり、この船がトマト・ピッツァ船長の海賊船だってことは、まちがいなさそうね。」
「アイヤァ! お宝アル! お宝船アルヨォ!」
ドクロ沼の魔女とキョンシー娘のふたりは、いつになく楽しそうでした。冒険に心をおどらせていました。
けれど、魔女っ子サーシャは、そんなふたりの後についていくばかりで、ひと言も口をきくことすらなく、ただ、ずっと、だまったままでいました。
するとそのとき、不意に、オオカミ男の体が、びくっとこわばりました。
「クゥゥン。なにか聞こえるんだもん。」
「イワンたちね。」
「・・・ちがう。もっと、もっと恐ろしい声なんだもん!」
ヴェネッサたちは、動きをとめました。そうして、じっとしたまま耳をすませていると、しだいに、低く、かすれた、か細い声が、サーシャの耳にも聞こえてきました。
「カ・・・エ・・・レ・・・コノ・・・フネハ・・・キケンダゾ・・・」
「ワォォン! 帰れって言ってるんだもん! 危険だって!」
その声に、オオカミ男のホップは、パニックを起こして、走りだそうとしました。
しかし、ドクロ沼の魔女のヴェネッサは、そんなオオカミ男をつかまえてねじふせると、余裕たっぷりに、その声にむかってこたえました。
「フフフ。やっぱりこの船には住民がいたのよ。おばけのいない幽霊船なんてありえないわ。ごきげんよう。海を漂うおばけさん。安心をし。私たちも同じおばけよ。この船が流れ着いたのは、おばけの森なのよ。歓迎するわ。」
しかし、ヴェネッサの呼びかけに、そのかすれた声は、ぱったりと聞こえなくなってしまいました。ヴェネッサは、何度も呼びかけてみましたが、もうそこには声の主はいなくなってしまったようでした。
「あらら。ずいぶんと恥ずかしがり屋さんなのね。そういえば、この船の持ち主って、おばけの苦手な海賊さんだったかしら? ぜひとも、見つけだして、お会いしたいわ。」
いっぽうそのころ、サーシャたちより先に、船の内部へと乗りこんでいた調査団の一行は、まるで迷路のような船内に、すっかり疲れきっていました。
はじめのうちこそ、意気ようようと海賊船の探索に乗りだしはしましたが、見つかる物といえば、くもった鏡と、空になった木箱やタルなどガラクタばかり。おまけに、そこらかしこに施されているらしい魔除けの印が、おばけたちの行く手を阻んでいるのでした。
「うわぁ! アチチチチ! くそっ! ここらの壁も魔除けだらけだぜ! いまいましい!」
と、大声をあげたのは、調査団の一人目のメンバー、びっくりゴーストのフィリップでした。壁でもなんでもすりぬけて、みんなをおどかしてばかりいる、いたずらゴーストです。
しかしながら、この船の中では、あちこちに仕掛けられた魔除けのせいで、その能力もうまく発揮できないようでした。
「気をつけてください。かなり古くなっているとはいえ、これはなかなかに強力な呪いのようでありますぞ。触れればたちまち、大ヤケド。ああ、恐ろしや。」
と、うなるように声をあげたのは、ニ人目のメンバー、ミイラ男のトトメスです。呪いに関して豊富な知識をもっていて、メンバーの中でも最年長のおばけでした。
「魔除けだか呪いだか知らねえが、この船には、たしかに誰かが乗ってるズラ! みんなも聞いたズラ? カエレ、コノフネハ、キケンダゾってな。オイラのおばけ探知機だって反応したズラ。さっさと、とっつかまえて、この船の謎を吐かせてやるズラ!」
と、そう意気まいているのは、三人目のメンバー、ハサミ男のゾル・ゾッカ。両手をハサミに改造したゾンビで、機械の扱いが得意でした。おばけ探知機を使って、船の中に潜んでいるかもしれない亡霊と、いなくなったコウモリたちを探していました。
「ウーガー! ウーガー!」
と、ハサミ男の声にこたえたのは、ハサミ男の相棒で、四人目のメンバーでもある、怪物フランケン坊やでした。頭の中は、まだ幼い子どもでしたが、怪力自慢の愛すべき人造人間です。船内の障害物をこわせるよう、手には、大きなハンマーをもっていました。
「しかし、これだけ針目ぐらされた魔除けに、得体の知れぬ声となると、いまだ行方知れずのままの、イワンどののご家来衆が心配でござるな。いまごろ、どこでどうしているものか。」
と、神妙な面持ちで語ったのは、五人目のメンバー、ひとつ目侍のカゲザエモン。武者修行の旅の途中、その腕を吸血鬼の王子に買われ、城の用心棒として雇われた、腕利きの剣客です 。
「サァ! みなシャーン! もっと元気をだしていきマショーウ! 冒険ははじまったばかりデッシュヨゥ! ヤッホゥ!」
と、はりきり声をだしたのは、六人目のメンバー、踊りキノコのマシュ・マ・タンゴ。陽気でお調子者のおばけキノコです。調査団のムードメーカーとして、疲れたおばけたちを応援します。
「・・・」
だまったまま、辺りを警戒しているのは、七人目のメンバー、キョンシーのロンロンでした。キョンシー娘フェイフェイの兄でありましたが、その性格は、おしゃべりで世話好きの妹とはまるで正反対でした。無口で、妹以外のおばけたちと関わることもめったにありません。拳法の達人で、その強さは、おばけの森でも最強とウワサされるほどでした。
「・・・また、同じトコロ、もどってきたヨウダ。」
ロンロンが、そうつぶやくと、おばけたちからも、いっせいにため息がもれました。
「はぁぁ。またかよ。これで何度目だ? さっきからおなじとこを、ぐるぐる回ってるだけじゃないか? やってられないぜ。」
「呪い! これもみんな、呪いのせいでありますぞぉ!」
調査団の着いた先は、だだっ広い部屋でした。積み荷をしまうための倉庫に使っていた場所のようで、たくさんの木箱やタルが散乱しています。もちろん、それらの中身は、どれも空っぽになっているのでした。
「ふうむ・・・しかたあるまい。ここはいったん、休憩するとしよう。」
調査団の団長である吸血鬼の王子イワンは、おばけたちに休憩の指示を出すと、自分は、さっと、天井にぶらさがって、しずかに目をとじました。
こうして、団長の王子イワンをふくめ、八人の調査団メンバーたちは、なんの目新しい発見もないまま、ぐるぐると謎の船の中をまわりつづけてきた疲れを休めるため、それぞれの好きな場所で、すわったり、ねころんだりしはじめたのでした。