雨夜のメランコリー 第三章

「娘たちの計略」

 

 その日の真夜中も過ぎたころ。ドクロ沼の魔女とキョンシー娘は、魔女っ子サーシャとオオカミ男を引きつれて、~の入江近くまでやってきました。オオカミ男の背中には、ドーナツを山盛りに入れたカゴが背負われています。

「ねぇ、お姉ちゃん。やっぱりこんなことやめようよ?」 

と、サーシャが言えば、

「そうだよ。ボクだって、けっきょくサーシャのドーナッツ、ひとつも食べれなかったんだもん。」

と、オオカミ男もグチを言いました。

「ったく、うるさいわね。ここまできて、いまさら帰るつもりなんてないわ。」

「大丈夫。心配ないアル。サーシャは、いつもどおり、ニコニコしてればいいだけアル。」

 

 こうしてサーシャたちは、森をぬけて、とうとう入江の浜へとやってきました。

 漂流船を見物しにきていたおばけたちも、いまは、ほとんど帰ってしまった後のようで、入り江には、見張りのコウモリたちのほかには、ミイラやゴーストの子どもたちが遊んでいるきりでした。 

 すると、サーシャはそこで、意外なおばけの姿を見つけました。あの、鎧に身を包んだ火の玉アイザックが、見張り役をつとめていたのです。

 アイザックの方でも、ドクロ沼の魔女たちが入江にやってきたのに気づいたようで、むこうから声をかけてきました。

「また、お前たちか。何度きたって、船には乗せられんからな。」

「あら、いやね。そうじゃないわ。妹の方が、あなたたちに用事があるって言うんでね。案内してあげただけよ。ドーナッツの差し入れですって、あなたたちに。あきれちゃうでしょ ?」

 ドクロ沼の魔女ヴェネッサはそう言うと、サーシャに目配せをして、あいさつするよう、うながしてきました。

「あ、あの、ごきげんよう。その、アイザックさんは、船の調査にはいかなかったの?」

「ああ、そのことか。なにしろ、鋼の鎧で全身をおおってるとはいえ、俺はこのとおり、燃えさかる火の玉だ。船の上で火事でも起こしたら、元も子もないからな。あんなオンボロ船に、乗りこむわけにはいかんのさ。」 

 アイザックはそう言って、手の平の上に、ボッと、炎を浮かべました。けれど、その鉄仮面の下の素顔は、不満でいっぱいのようでした。

「ねぇ、お姉ちゃん。 アイザックさんだって、こうして我慢してるんじゃない。お姉ちゃんたちだって・・・」

と、サーシャは小声でヴェネッサに言いました。 

「それとこれとは話が別よ。次元がちがうわ。」

と、ドクロ沼の魔女は、きっぱりと言いきりました。 

  いつのまにか、サーシャたちのまわりには、見張りのコウモリたちも集まってきていました。あきらかにドクロ沼の魔女を警戒しています。

「魔女だ! 魔女の姉妹だぞ! 今度はなんの用だ!」

「俺たちに差し入れだそうだ。見な。山盛りのドーナッツだとよ。」

 アイザックはいぶかしそうに、コウモリたちに、オオカミ男の背負ったカゴの中身を指さしました。

 コウモリたちは、すぐさまそのドーナッツをとりかこんで、じろじろとながめだしました。

「フン! ドクロ沼の魔女のもってきたドーナッツだ。きっとろくなものじゃない。」

「そうだ! そうだ! 毒だ! 毒が山盛りにちがいない! 毒々ドーナッツだ!」

 コウモリたちの言葉を、ドクロ沼の魔女は、ただ冷ややかに聞き流していました。

 すると、キョンシー娘のフェイフェイが、ニコニコ愛嬌をふりまきながら、その中に割って入っていきました。

「アイヤァ! もーう、誤解アルヨ。だから、これはサーシャの作ったドーナッツって言ってるデショ! 森一番の魔法使いの作った、とびっきりのドーナッツアルヨ! ねぇ、サーシャ?」

 フェイフェイにうながされて、サーシャはしかたなく、ただ小さくコクンとうなずきました 。

「お砂糖さんの魔法だってかかってるんだもん。ボクだって、いっぱい食べたかったんだもん・・・」

と、ホップも悲しそうに、ひと言つけくわえました。 

 すると、それを聞いたコウモリたちの目の色が、急に変わりはじめました。

「なんと、お嬢さまが作られたドーナッツですと! なるほど。よくよく見れば、この愛しき、見た目、香り、どれをとっても、お嬢さまの作られた気品あるお菓子にほかなりませぬ!」

「我らが主の想い人を疑うとは、これは大変に失礼いたしました。しかしながら、ここはどうか、ご勘弁願いたい。それもこれも、あなたさまの姉君の、日頃の行いの悪さゆえ・・・」

「それは悪かったわね! それで食べるの? 食べないの? このドーナッツ、いらないなら、私たち女の子だけでいただくからいいわよ。」

 こんなやりとりをしている間にも、キョンシー娘のフェイフェイは、浜で遊んでいた子どもたちに、ドーナツを配っていました。おばけの子たちは、よろこんでドーナッツをほおばると、そのとろけるようなあまさに、大騒ぎしていました。

 コウモリたちはそのようすを見て、ヨダレをたらしながら、見張り隊長のアイザックに意見を求めました。 

「アイザックどの。このドーナッツは、いただいておいても、よろしいのではないかと?」

 すると、アイザックは、なおもいぶかしむ目で、ドクロ沼の魔女を見ていましたが、やがて、ぶっきらぼうに、こうこたえました。

「まぁ、お前たちの好きなようにするんだな。」

 見張り隊長のアイザックの許しを得て、コウモリたちは、われさきにとドーナッツに群がりはじめました。コウモリ達は、みな、サーシャの作ったドーナッツの、とろけるようなあまさに心をうばわれていきました。

「あまい! あまい! あま~い!」

「アイヤ! アイヤ! これは調査団のみんなへの差し入れでもあるアルヨ! ちゃんと、のこしておかないとダメアル。」

と、キョンシー娘のフェイフェイは、ニコニコしながらコウモリたちに言いました。

 そして、ドクロ沼の魔女ヴェネッサは、なにげないふうに、アイザックにもドーナッツを勧めるよう、サーシャにドーナツのひとつを手わたしました。

「あ、あの、アイザックさんも、よかったら。」

「ん? ああ。」

 さすがの用心深いアイザックも、魔女っ子サーシャから、直接、手わたされては、ことわるわけにもいかず、アイザックは、このドーナツを、鉄仮面の下の炎の口へと押しこみました。

「ふうむ。相変わらず絶品のうまさだな。さすがは、森一番の魔女っ子さんの作ったお菓子といったところか。コウモリたちをとどめておくこともできないわけさ。」

 

 こうしてサーシャたちは、見張りのコウモリたちに、ごきげんようと別れを告げると、また、きた道をもどって、入江近くの茂みの中に隠れました。

「アイヤ! やったアル! さあ、ここからが見物アルヨ!」

「ねぇ、フェイフェイ? あの子たちにもドーナッツを配ってたけど・・・」

「ああ、それなら心配ないアルヨ。あっちは、毒を盛ってない方アルカラ。」

 サーシャは、それを聞いて少しだけ安心しましたが、はなれた場所からコウモリたちのようすをのぞき見していると、急に怖くなってきて、ぶるぶると体が震えだしてきました。

 すると、お姉ちゃんのヴェネッサは、サーシャの肩に、そっと手を置きました。

「大丈夫。あなたはなにも気をもむことはないのよ。あなたはいつものように、みんなのためにお菓子を作ってあげただけ。そのお菓子に極上の毒を盛ったのは、この私。あなたも私も、いつもどおりにしただけじゃない?」

「でも・・・」

 サーシャが気を落としているその横で、キョンシー娘のフェイフェイは、興奮気味にヴェネッサに話しかけました。

「ねぇ、ヴェネッサ。いつ、みんな、倒れちゃうアルカ? ぜんぜん毒が効いてないみたいアル?」

「バカねぇ。すぐに毒の効果があらわれたら、疑われちゃうじゃない。いいこと? 蛇の毒は、あとから、じわじわ効いてくるものなのよ。」

 すると、ドクロ沼の魔女の言ったとおり、見張りのコウモリたちの動きが、だんだんとうすのろくなっていきました。そして、一匹、また一匹と、コウモリが浜の砂の上に落ちていきました。

 いち早く異変に気づいた、見張り隊長のアイザックにしても、それは同じことでした。アイザックは、頭の中がクルクルと回転しはじめると、すぐに、立っていることすらむずかしくなりました。

「クッ! やってくれるじゃないか、あの嬢ちゃん・・・ハハハ、イワン、お前も、ずいぶんな娘にほれこんだもんだぜ。」

 アイザックはそう吐きすてると、そのまま、ドサリと音を立てて、砂の上に倒れました。

「アイヤ! うまくいったアル!」

「さあ、乗りこむわよ!」

 ヴェネッサとフェイフェイのふたりは、いきおいよく立ちあがりました。

 しかし、魔女っ子サーシャは、その場にかがみこんだまま、小さくふるえていました。

「はぁあ。まったく、しょうがない子ね。私たちはいくわよ。あなたみたいな意気地なし、妹だと思うと、ほんと恥ずかしいわ。結局あなたは、私たちの仲間にすらなれないのね! いつまでもそうしてなさい!」

 すると、ヴェネッサの言葉に、魔女っ子サーシャも、ようやく、決心がついたようで、心を落ち着けると、しずかに立ちあがりました。

 ドクロ沼の魔女は、不敵に笑みを浮かべました。

「そうこなくっちゃ。」

「あの。それじゃ、ボクはこれで・・・」

 オオカミ男のホップが、しずかにその場を去ろうとすると、ドクロ沼の魔女は、ホップのその腕を、がっしりとつかみました。

「なに言ってるのよ? あなたもくるのよ。」

「やだよ、やなんだもん! だいたい、ボクみたいな意気地なし、役にだって立たないだもん!」

「あら。そんなことなくってよ、オオカミ男さん。あなたってば、目も、鼻も、耳だってよく効くし、それになにより・・・困ったときの食糧にもなるわ。」

「やだ! やだ! やなんだもん!! ワオーン!!!」

 こうして、三人と一匹のおばけは、魔女の姉妹のほうきに乗って、謎の漂流船の中へと忍びこんでいきました。

 

 そして、それからほんの少しした後のこと。火の玉のアイザックは、砂の上より、ゆっくりと起きあがりました。燃えさかる炎の体には、ドクロ沼の魔女の毒といえども、その効き目がうすかったようでした。

 毒にやられたコウモリたちは、このまましばらく、意識がもどることもなさそうです。

「さて、どうしたものか? いまならまだ、嬢ちゃんたちをつれもどすのも間に合いそうだが・・・こうなった以上、この場をはなれるわけにもいかんか。」

 そのときアイザックは、おばけの子どもたちが、呆然として自分たちを見ていることに気がつきました。

「そうか。さすがにあの娘らも、坊やたちにまで毒は盛らなかったらしいな。なぁ、坊やたち。お願いがある。誰か、他のおばけをここへつれてきてくれないか? ドクロ沼の魔女にやられたといえばわかるはずだ。やってくれるな?」

 すると、ミイラのこどもが、自信満々にこたえました。

「ハイ! まかててくだたい!」

「よぉし、いい子だ。頼んだぞ。」

 こうしてアイザックは、まだくらくらする体をなんとか支えながらも、浜辺にあった小舟をこいで、漂流船の中へと乗りこんでいったのでした。