雨夜のメランコリー 第二章

「仲間はずれ」

 

 次の日の夕方。おばけの森は、~の入江に流れ着いた、謎の漂流船のウワサでもちきりでした。入江には漂流船の姿をひと目見ようと、たくさんのおばけたちも集まっていました。

 船は、入江の先に碇をおろされて不気味にたたずんでいます。

「うわぁ、おっきな船なんだもん。」

 オオカミ男のホップは、あんぐりと口を開けて、謎の漂流船を見上げました。それと同時に船から漂うひどく不穏な雰囲気を感じとって、ぶるっと体をふるわせました。

「ねぇ、入っちゃダメって言うけど、そんなに危険な船なの?」

 オオカミ男のホップは、近くを飛んでいた船の見張りのコウモリたちに、そう聞きました。

 コウモリは、いかにもといった風に、格式ばってこたえました。

「危険かどうかは、いま、我らが主、イワン様ご自身が船に乗り込んで、お調べになっているところだ。イワン様は、森の精鋭部隊を連れて、かの船の調査団を結成されたのだ。なんならホップ、お前も船の調査団に加わってみるか?」

「い、いや! ボクは遠慮しとくんだもん。」

「ハッハッハッハ! そうであろうな。もとより、お前のような臆病者につとまるような役目ではない。さあ、臆病者は帰った、帰った! さもなくば、かの船の呪いにとりつかれようぞ!」

「くぅーん。」

 こわがりのオオカミ男は、コウモリたちからおどかされて、そそくさと入江を後にしました。そしてそのまま、オオカミ男のホップは、まっすぐにおばけの森のはずれにある、小さなおうちへとむかいました。

 その家は心やさしい魔法使いの女の子、魔女っ子サーシャの住む家でした。サーシャなら、きっと、この怯えきった心をなぐさめてくれると思ったのです。

「ん? くんくん。なんか、いい匂いがするんだもん! サーシャ、サーシャ! なに作ってるんだもん?」

「あらあら、ホップちゃん。ごきげんよう。どうぞ、お入りなさい。」

 魔女っ子サーシャは、たずねてきたあまえん坊のオオカミ男を、こころよく家の中に招きいれました。

 サーシャはちょうど、ドーナツを作っているところでした。一口サイズの小さなドーナツをたくさんです。

 食いしん坊のオオカミ男は、それを見ると、さっきまでの怖い気持ちなど、どこかに吹き飛んでしまったようでした。

「うわぁ、ドーナツがいっぱいなんだもん!」

「うん。船の調査をしてくれてる、みんなのために作ったの。差し入れにね。」

「うんうん。みんな、きっとよろこぶんだもん。」

 ホップはそう言って、ドーナツの一つに手をのばそうとしました。けれど、サーシャに、まだダメよ、と止められて、ホップは少ししょんぼりしました。

「ねぇ、サーシャ? 漂流船はもう見た? おっきな船だったんだもん。あんなおっきな船、見たことないんだもん。それに、すっごくおっかない船でね。見てるだけで呪われるかもしれないんだって!」

 ホップはそう言いながらも、テーブルの上のドーナッツが気になって、あちこち、きょろきょろしどおしでした。するとホップは、テーブルの上に置かれた手紙に気がついて、なんともなしに、その手紙を手にとってみました。

「あれ? これ、誰からの手紙なんだもん? バラのいい匂いがするんだもん。」

 すると、魔女っ子サーシャは、さっと顔を赤らめて、ホップの手からその手紙をとると、すぐに戸棚の引き出しの中にしまってしまいました。

「別に、たいした手紙じゃないのよ。イワンから、調査団のみんなのために、何かおいしいものを作っておいて欲しいって、頼み事が書いてあっただけだから。」

 サーシャはそんなふうに言いましたが、吸血鬼の王子からの手紙には、実際には、こんなことが書かれていました。

 

“愛しの君へ

 僕はこれから、森の入江に流れ着いた、謎の船の調査に出かけようと思う。どうもこの船は、随分と変わった海賊船らしくてね。

 何か面白い仕掛けを見つけたら、今度サーシャにだけ、こっそり案内をしてあげよう。もしかしたら、なにか珍しい宝物もあるかもしれない。君のためにとっておこう。

 それでは愛しの人よ。なにか、おいしいものでも用意して、僕たちの帰りを待っていておくれ。”

 

 王子からの、まるで恋文のような手紙でしたから、サーシャがとっさに隠そうとしたのも、無理はなかったのかもしれません。

「そんなことより、ドーナツをはやく仕上げてしまいましょう。私の得意の魔法で、とびっきりのあまさにしちゃうんだから。」

 魔女っ子サーシャはそう言うと、おもむろに魔法の本を開き、砂糖のビンをその手にかかげました。

「メケルヤ、メケルヤ、ルーペンドット、チーパッパ! お願い、お砂糖さん、力を貸して!」

 するとどうでしょう。魔法をかけられた砂糖が、粉雪のように空中を舞って、小さなドーナッツのひとつひとつを、やさしく包みこんでいきました。とろけるようにあまいドーナツのできあがりです。

「うわぁ、すごいんだもん! お砂糖さんから力を借りられるサーシャは、やっぱり森一番の魔法使いなんだもん!」

 すると、ちょうどそのとき、また、サーシャの家をたずねてきたおばけがいました。サーシャのお姉ちゃんの、ドクロ沼の魔女ヴェネッサと、お友達のキョンシー娘フェイフェイです。

「ごきげんよう、サーシャ。ほら、フェイフェイ。私の言ったとおりでしょ。私のとぼけた妹ときたら、いまごろ、のんきにお菓子でも作ってるにちがいないって。」

と、ドクロ沼の魔女が、いやみたっぷりに言えば、

「まったくアル。それも、まぁ、かわいらしい、ひと口ドーナッツアルヨ!」

と、キョンシー娘も、いやみたっぷりにこたえました。

 サーシャの家にやってきたふたりは、あからさまに機嫌がわるいようでした。

「どうしたの? 二人とも、そんなに怖い顔して?」

「どうしたも、こうもないわ。まったく嫌になっちゃう。あいつら男どもときたら、私たち女を仲間外れにしようって言うのよ。得体も知れぬ船の調査だ。女には危険だ。外で待ってろって! 冒険を自分たちだけで独り占めする気よ。とんでもない連中だわ!」

「そうアル! そうアル! アタシの兄ニなんか、いつも、ほとんど誰とも口をきかないくせに、こういうときばっかし張りきっちゃってサ! 「女ナンテ、足手マトイダ。帰ッテ、飯デモ炊イテロ」だって! もーう、頭にきちゃう! 女性差別アルヨ!」

 ふたりの機嫌がわるい理由は、どうやら、漂流船の調査団に入れてもらえないことのようでした。それも、女だからという理由に、つよく怒っていたのです。

「でも、危険がないようにって、気づかってくれてるんでしょ? 危ないことを引き受けてくれるんだから、頼もしいじゃない。」

 サーシャがそう言うと、ヴェネッサとフェイフェイの二人は、すっかりあきれ顔になってしまいました。

「はぁあ? これだからあなたは。はいはい。あなたはそうやって、そのまま、王子様のお嫁さんにでもなって、おとなしく着せ替え人形になったらいいわ。でも、私たちはちがうわ。男どもの言いなりなんてごめんよ。私たちにも、冒険は必要なのよ。」

「そうアルヨ! それに、お宝だって・・・」

 キョンシー娘がそう言うと、フェイフェイとヴェネッサの二人は、目を見合わせて、ニヤリと笑い合いました。

「とにかく、あいつらには、このドクロ沼の魔女様を敵にまわしたことを、うんと後悔させてやるわ。」

 ヴェネッサはそう言うと、テーブルの上のドーナッツに目をやりました。そして、そのひとつを口にほおばると、気だるそうにイスにもたれかかりました。

「ふん。あまったるいわね。あなたの乙女趣味の頭の中、そのものよ。でも、そのあまったるさが、男どもにとっては、命取りになるのよ。サーシャ、あなたにも私たちの計画につき合ってもらうわよ。少しくらい女の意地ってものも、見せてごらんなさい。」