雨夜のメランコリー 第十七章

「海の彼方へ」

 

 トマト・ピッツァ海賊団が、漂流船の悪夢より救出されてから、三ヶ月後のこと。

 おばけの森の入り江では、前にも増して、見ちがえるほどに不気味で立派な幽霊船となった、ピッツァ海賊団のポモドーロ号が、新たな航海へと旅立とうとしていたのでした。

 入り江の浜には、森中のおばけたちが、ピッツァ海賊団を見送りに集まっていました。

 おばけの森の地で、長い休養をとった海賊たちは、いまでは、すっかり元気になっています。

 ピッツァ船長も、昔の威厳をとりもどしたかのように、実に、堂々としていました。

 

 あの栄光の勝利の日の夜、捜索にかけつけてきたコウモリたちの導きもあって、海賊船は、無事に、おばけの森へともどってこれました。

 そして、次の夜より、呪いの専門家でもある、ミイラのトトメスを中心として、大魔術師ペペロンチーノの魔導書の解読がはじまりました。

 トトメスたちの働きによって、海賊船に施された謎の呪術も、次第に、解き明かされていきました。

 そして、その魔導書から得た知識をもとに、ドクロ沼の魔女をはじめとした、キョンシー娘や魔女っ子サーシャたち、魔法や妖術を使えるおばけが、魔除けの印や鏡にかけられた呪術を、ひとつひとつ、ていねいに解除していきました。

 あの忌まわしき呪いの船も、日に日に、立派な幽霊船へと変わっていきました。

 その間、吸血鬼のイワンも、おばけたちの冒険の記録をまとめたり、海賊たちの歴史的証言をまとめたりと、大忙しでした。

 いっぽうで、真夜中には、海賊たちを祝福するパーティーも連日のように開かれました。幽霊船の船内の見学会も、森のおばけたちに、大変人気がありました。

 そしてなにより、あの、おばけたちを恐怖の底へと突き落としていたゴーレムが、ここ、おばけの森へきてからというものは、森の子どもたちの、一番の人気者になっていたのでした。

 この三ヶ月の間というもの、おばけの森は、歴史的海賊団のために、お祭り騒ぎのようでした。

 しかし、そんな海賊団とも、別れのときがきていたのでした。

 

 旅立ちの船を前に、大海賊団の一味と、あの戦いを共にしたおばけの森の面々が、顔をそろえていました。

 吸血鬼イワン、火の玉アイザック、ハサミのゾル・ゾッカ、びっくりフィリップ、ミイラのトトメス、フランケン坊や、踊りキノコのマシュ・マ・タンゴ、キョンシーロンロン、ひとつ目侍カゲザエモン、それにオオカミ男のホップ。

 魔女っ子サーシャと、キョンシー娘フェイフェイ、ドクロ沼の魔女ヴェネッサの三人は、船長の妻ラザーニャからゆずりうけた、宝石やドレスで着飾っていました。

 海賊の船長と吸血鬼の王子が、顔を見合わせて、最後のあいさつを交わします。

「ピッツァ船長。本当に、もう、いってしまわれるのですね。もっと、長く滞在してくだされば、森のみなも、よろこびますのに。」

「イワン君。我々も、いつまでも、君たちにあまえているわけにもいかんさ。それに、あの船に、不運にも囚われてしまった、おばけたちにも、故郷がある。一日も早く彼らを、元の場所へと送ってやらねばならぬのだ。それになにより・・・」

 ピッツァ船長は、海をながめわたしました。

「海が我輩を呼んでいる。海こそが、我々の故郷なのだ!」

 ピッツァ船長の言葉に、海賊たちからも、大歓声があがりました。

「ピッツァ船長バンザーイ!」

「ピッツァ海賊団バンザーイ!」

「グガガガガ!」

 海賊たちの歓声に、ピッツァ船長も、満足気にうなずきました。

 それから、船長は、イワンにだけ聞こえるように話をしました。

「最後になるが、イワン君。ひとつ忠告しておこう。あのサーシャという娘は、我が最愛の妻、ラザーニャの若かりしころに、よく似ておる。よいか、ああいった娘は、一見おとなしく見えて、なかなかに一筋縄ではいかんぞ。あのような乙女の心を射止めるのは、並大抵のことではないと、よくよく心得ておくがよい。」

 そして船長は、一言つけくわえました。

「しかし、そうであればこそ、王の妻とするにふさわしい。わかるか?」

 船長の言葉に、吸血鬼の王子は、ただ、不敵な笑みでもってこたえました。

「よろしい。」

 ピッツァ船長はニンマリと笑うと、おばけの森のみなに、最後の別れのあいさつをしました。

「では、しばしの別れだ。おばけの森の民よ。世界の海をまたにかけたその暁には、また、この場所へと立ち寄ろうぞ。約束だ!」

 ピッツァ海賊団は、そう言い残して、海の彼方へとむかって消えていきました。

 そうして、森のおばけたちは、海賊船が見えなくなったあとも、いつまでも、いつまでも、その後を、見送っていたのでした。

「ねぇ、王子様。せっかく、海賊さんたちが、すべての財宝をくれるというのに、どうして結局、少しばかりの宝だけしか受けとらなかったのよ? 私たち、それだけの働きはしたと思うけど?」

と、魔女のヴェネッサは、妬ましそうに吸血鬼の王子に聞きました。

「なぁに。それだって、もちろん政治的判断さ。歴史的大海賊に、恩を作ったままにしておくのも、わるくないだろ? それに、ペペロンチーノ師の魔導書と、ピッツァ船長の航海日誌の原本をいただけたんだぞ。これだけで、どれほどの価値があることか!」

 興奮気味のイワンの言葉に、魔女のヴェネッサは、あきれたように言い返しました。

「はぁあ。これだから男ってやつはねぇ。」

 すると、吸血鬼のイワンは、急にかしこまったように、ていねいな口ぶりになって言いました。

「ヴェネッサ・・・今回の、君たち女性陣の多大なる働き。森の王子として、大変感謝する。」

「あら? 少しは見直してくれたかしら?」

「見直すもなにも、君たちには、いつも、敬意を払ってるはずさ。ただ、今回の件では、船のようすを、ちゃんと調べてから、君たちの力を借りたかったんだ。実際、極めて危険な船だった。」

「どうだか。ものは言いようね。まぁ、でも、あんな勝手をしたのは、たしかに、私たちのただのワガママだったわ・・・ごめんなさいね。」

 そうして、イワンとヴェネッサは、おだやかに握手を交わしました。

「これからも、よろしくたのむよ。」

「ええ。こちらこそ。」

 ふたりの会話に、ほかのおばけたちも、聞き入っていたようで、ふたりが握手を交わしたときには、みなからも、拍手があがりました。

「お姉ちゃん。」

 魔女っ子サーシャも、お姉ちゃんのヴェネッサと目が合うと、ニッコリと笑顔を見せました。

「さぁ、別れは名残惜しいけど、僕たちも森へ帰ろう。おばけの森こそ、僕らの故郷だ!」

 吸血鬼の王子の言葉に、おばけたちからも大歓声があがりました。

 こうして、森のみんなも、それぞれ、おばけの森へと帰っていったのでした。

「さてと・・・こうしちゃいられない。」

 そんな中、吸血鬼のイワンは、魔女っ子サーシャのところへと、そっと声をかけにいきました。口からは、吸血鬼の牙をのぞかせています。

「ところで、サーシャ? 今度の晩なんだけど、空いてないかい? ひと仕事終わったし、その素敵なドレスを着て、ふたりだけでさ、ささやかな晩餐会でも・・・」

 すると、サーシャは、首筋を手で、ぱっと押さえると、早口でこたえました。

「うん。でも、わたし、ここしばらく、ずっと忙しくて、魔法の勉強も、ぜんぜんできてなかったし、やっておかなくちゃならないことがたくさんあって。」

「あ! それなら、僕も手伝うよ! ね、サーシャ?」

「それなら大丈夫。フェイフェイもお姉ちゃんもいるから。ごめんね、今日は、もう、帰らないと。」

 魔女っ子サーシャはそう言うと、どこかぎこちないようすで、そそくさと魔法のホウキに乗って、帰っていってしまいました。

「そんなぁ、サーシャぁぁぁ。」

 イワンは、茫然と、サーシャの後ろ姿を見送りました。

「クククッ。フラれたな。」

 吸血鬼の後ろで、火の玉のアイザックが笑っていました。

「ちがう! なにがおかしい! 君のような、不器用な男に、なにがわかる! 僕らは、いま、恋の駆け引きの真っ最中なんだぞ!」

「そうかい、そうかい。そいつは、楽しそうでなによりだ。」

 火の玉は、口笛をヒュルルと、のんきに鳴らしました。

 イワンは、腹立たしそうに、アイザックから顔を背けました。しかし、イワンは、そのまま、海のほうをながめると、おだやかな顔になって、水平線の彼方を見つめました。

「ピッツァ船長。僕も、あなたのような、仲間たちから信頼を集める、立派な王に、必ずなってみせます。どうか、また会うその日まで、変わらずお元気な姿のままで・・・」

 そして、吸血鬼の王子は、朗々と歌を歌いはじめました。やがて、辺りに濃い霧が立ちこめはじめました。霧の衣に包まれて、吸血鬼の歌声が、妖しく、あまく、森の中にこだましていきました。

 

♪ 暗き闇の中で 蠢く魔物よ 汝の名はいかに

 汝の心は何処より来たりて 何処へ向かう?

 今宵は 心も踊る 霧の晩 

 もしも時間が許すのであれば 我と共に語ろうぞ 

 

 汝は何を知っている?

 数多の苦しみ、数多の悩み

 分かつ友は どれほどのもの?

 我は何を知っている?

 己の苦しみ、己の悩み

 分かつ相手は 何処やら?

 

 暗き闇の中で 蠢く我は 汝の名を知らず

 我の心は何処より来たりて 何処へ向かう?

 今宵は 心静まる 霧の晩 

 もしも時間が許すのであれば 我と共に語ろうぞ  ♪

 

 

おばけの森の魔女っ子サーシャ

「漂流船の罠」

お し ま い

 

最後までよんでくれてありがとうございました☆