雨夜のメランコリー 第十六章
「最終決戦」
吸血鬼の王子は、おばけ探知器を使って、仲間たちの反応のところへと、むかいました。
吸血鬼の後ろからは、目を覚ましたオオカミ男が、少しばかりぐったりした魔法使いの女の子を背に乗せて、歩いてきます。
おばけ探知器の反応は、急速に近づいていました。吸血鬼のイワンが急ぐまでもなく、凶悪なゴーレムが、イワンたちのもとへと、迫ってきていました。
「グガ、グガ、グギ、グゲゲ!」
ゴーレムが、奇声をあげて、イワンの前にあらわれました。
「やぁ、闇の中に蟲く魔物よ。そんなに焦ることはないさ。君のほしいものは、これだろう?」
吸血鬼の王子はそう言って、その手に抱えていた、ペペロンチーノ師の魔導書をかかげました。
その間、イワンは、ゴーレムを注意深く観察していました。
目の前にあらわれたゴーレムは、あらぬほうをむいたり、その腕を、意味もなくふりまわしたり、明らかにおかしなようすを示しています。踊りキノコのアコーディオンの音が、ゴーレムに効いているようでした。
「それならば、これはどうだ!」
イワンがそう言い放った瞬間、ゴーレムが、ビクッと、イワンの放った、目には見えぬなにかに反応を示したようでした。
「まちがいない。」
なにかを確信したイワンのその目が、赤く、妖しい光を帯びはじめました。
「イワン! 魔導書で、なにかつかんだようじゃな。ゴーレムの奴め、さっきから、急におかしな動きをするようになったわい。」
そう言ったのは、ゴーレムの後から追いついてきた、海賊の亡霊ピッツァ船長でした。
「ただ、油断はならぬでござる。こちらの動きにも、まだまだ、相当に反応するでござるぞ。」
忍者カゲマルも、船長の影より、ぬっとあらわれました。
「いよいよ、決着のときだズラ!」
ハサミのゾル・ゾッカと火の玉アイザックも、かけつけてきました。
「みんな、無事だったのね!」
「ワゥーン!」
仲間たちの姿を見て、魔女っ子サーシャもオオカミ男も、心を強くもちました。
イワンは、みんながそろったのを確認すると、魔導書をひとつ目忍者にあずけました。
「カゲザエモン。しばらく、ゴーレムを引きつけておいてくれ。」
「承知したでござる!」
魔導書を背負った忍者が、ゴーレムのすぐ真横を走り抜けます。
「グガ、グギ!」
ゴーレムは、奇妙な動きをしながらも、すぐさま、その後を追いました。
アイザックも、とっさに銃を構えて、ゴーレムに狙いをつけます。
「あの胸の石も、いい加減ぶっこわしてやるさ。」
「いや、石をこわすのはまずい。ドクロ沼の魔女が、あそこからの出入り口を見つけたんだ。作戦変更だ。あの石をとりはずす。ゾッカ、もっと破壊力の弱い銃はないか?」
イワンの注文に、ゾル・ゾッカは、すぐにこたえました。
「それなら、一応、拳銃も、拾っておいたのがあるズラ!」
ゾル・ゾッカは、銃弾薬の詰まった袋の中より、小型の拳銃を出すと、急いで銃の調整をしはじめました。
イワンは、アイザックに言いました。
「よし。そいつで、ゴーレムを撃って、あの胸の石をうまくはずしてくれ。」
「あいにく、繊細な扱いは苦手なんだがな。」
「アイザック。君にならできるさ。いいかい。僕が奴の隙を作る。魔導書によれば、奴は、特定の音が苦手らしい。口笛も、鈴の音も、楽器の音も、奴に効果があったんだ。それなら、僕には、もっと、ずっと強力なヤツがある!」
「ああ、アレのことか・・・そういうことなら、まあ、なんとかやってみるか。イワン、失望させるなよ。」
アイザックはそう言うと、玉のこめられた拳銃を、ゾル・ゾッカから受けとりました。
「いいかズラ。この銃は、玉は一度に六発までだズラ。」
「わかった。少し試させてもらうぜ。」
アイザックは、拳銃を手に、ヒュゥウッと、口笛を高らかに鳴らしました。
「グガァ!」
ゴーレムが、口笛の音に反応します。ゴーレムが、アイザックに飛びかかりました。
イワンは、アイザックを追いかけるゴーレムの背後にまわって、ようすをうかがいました。
ズキュン、ズキュンと、アイザックが、拳銃の試し撃ちをしていきます。
「さっきまでの銃とは、だいぶ使い勝手がちがうな。だが、狙いをつける分には、こっちの方がやりいいかもな。」
アイザックは、玉が空になると、銃をゾル・ゾッカに投げ渡しました。
ゾル・ゾッカも、すぐに、銃に玉をこめて、アイザックに投げ返します。
「よし、イワン。俺の方は、いつでもいいぜ!」
吸血鬼の王子は、火の玉にうなずくと、ゴーレムにむかって、感慨深い眼差しを投げかけました。
「思えば、数百年の長きにわたって、術師の命令に従ってきた、忠実なる魔物だ。よく働いたものだ・・・ゴーレムよ。いま、その呪われし運命より、解き放ってくれようぞ!」
吸血鬼のイワンは、大きく息を吸いこみました。吸血鬼のその目が、赤く、爛々と輝きだします。そして、イワンは、ゴーレムの背後に、疾風のごとく接近しました。
その瞬間、吸血鬼のイワンは、強烈な超音波を、いきおいよく、ゴーレムのその頭に放ってやったのです。
「!!!!!!!!!!」
音にもならぬ、強烈な超音波の振動が、ゴーレムの体中に響きわたりつづけます。
「グゴ、ゴ、ゴ・・・」
ゴーレムは、感覚を失い、その場に立ち尽くしました。
「くらえっ!」
火の玉アイザックが、その瞬間を逃さず、ゴーレムの胸の石の縁めがけて、立てつづけに、拳銃を発砲します。
ズキュン、一発、ズキュン、二発、ズキュン、三発、ズキュン、四発。そして、ズキュンと、五発目の玉が、石の縁に当たったそのとき。
ゴーレムの胸から、呪縛の石が、宙へと解き放たれました。ゴーレムの石が、ゴロゴロと、床の上に転がっていきます。
「・・・・・・」
石を失ったゴーレムから、力が急速にぬけていきました。あれほどうごめいていた数多の腕も、だらしなくたれさがり、ついには、ゴーレムは仰向けに、ドスンと音を立てて倒れました。ゴーレムは、大魔術師ペペロンチーノの呪術から解かれ、その動きを完全に停止したのでした。
おばけたちは、とうとう、強大な敵に打ち勝ったのです。
おばけたちは、互いの顔を見合って、笑みを浮かべました。勝利の喜びに、誰も言葉を発することもできませんでした。
イワンとサーシャは、目と目が合うと、深くうなずきあいました。
「お姉ちゃん!」
魔女っ子サーシャは、すぐさま、解き放たれた石のところへと、かけよりました。そして、ドクロ沼の魔女に、合図を送ろうと、魔法の力をこめたのです。
「メケルヤ、メケルヤ、ルーペンドット、チーパッパ! お姉ちゃん、ゴーレムの動きは止まったわよ!」
その瞬間、ゴーレムの石が、あわく光りだしました。そして、その光は、だんだんと、ますます輝きを増していきました。そして、なんと、素晴らしいことでしょうか。その光の中より、次々と、囚われの仲間たちが、姿をあらわしたのでした。
そして、おばけの仲間たちが、出てきた後からは、後から後から、たくさんの海賊の亡霊たちや、船にさ迷い囚われたおばけたちもあらわれてきました。
「船長!」
「ピッツァ船長!」
「ピッツァ海賊団、バンザーイ!」
海賊たちの船長も、その目を輝かせました。
「おお! お前たち! よくぞ、この長い年月を耐え抜いてくれたぞ!」
そして、その、最後の光の中からは、ドクロ沼の魔女に手を引かれて、船長の愛する妻、ラザーニャ・ピッツァと、その息子、トマト・ピッツァ・ジュニアが姿をあらわしたのでした。
「あなた・・・」
「ラザーニャ・・・ジュニア!」
ピッツァ船長は、愛する妻と子と、抱きしめ合いました。こうして家族が抱きしめ合うのも、実に、数百年ぶりのことでありました。
海賊たちは、みな、歓声をあげました。
すると、歓声に合わせて、踊りキノコのマシュ・マ・タンゴが、アコーディオンの音をかき鳴らしはじめたのでした。
「サァ! お祝いの時間デーッシュヨ! おばけの勝利を讃えるデーッシュ!」
鏡の空間の中で、おばけの森の仲間たちとも、すっかり仲良くなっていた、海賊たちも、音楽に合わせて、陽気に歌いはじめました。
そんなにぎやかなようすの中、吸血鬼の王子イワンは、体にもどった片足の調子を、どんなものかと確かめていました。
魔女っ子サーシャが、心配して、イワンのとなりにやってきます。
「大丈夫?」
「ああ、心配いらないとも。だてに、誇り高き吸血鬼を名乗っちゃいないさ。」
そして、イワンは、みんなのようすを見渡すと、サーシャにむかって、微笑みかけました。
「ほらね、言ったろ。僕らはひとりじゃない。」
「うん。」
サーシャも、イワンにむかって笑顔でこたえました。
「ワゥゥゥン! よかったんだもん! みんな助かったんだもん!」
と、オオカミ男のホップは泣きながら、サーシャに抱き着きました。
サーシャも、ホップの頭を、やさしくなでてあげました。
「ホップちゃんも、よくがんばったわね。よしよし。」
「ワォォン。」
その後ろで、火の玉アイザックは、ドシャリと音を立てて、その場にすわりこみました。
「はぁぁ。まったく、とんだ大冒険だったぜ。」
「まったく、たいした火の玉さんね。あなたには、特別特盛の、濃縮した毒を盛ってあげたっていうのに。よく、動きまわれたものねぇ。」
ドクロ沼の魔女ヴェネッサは、そう言うと、火の玉の鉄仮面をはずして、その燃え盛る炎の顔を、素手で、平然となでました。
「よせ。俺に触るな。ヤケドするぜ。」
「しずかにおし。いま、回復してあげるわ。知ってるでしょ? 私の毒にまみれたこの肌は、こんな炎くらいで、そう簡単に焼かれはしないわよ。」
その横では、キョンシー娘のフェイフェイが、兄のキョンシーロンロンの腕にすがりついて、ニコニコと上機嫌でわらっていました。
「アタシの兄ニは世界一の兄ニアルゥ。アタシを助けるために、鏡の中にまできてくれたアルゥ!」
「・・・バカが。」
その横から、ハサミ男のゾル・ゾッカが口をはさみます。
「そのおかげでこっちは、全滅寸前の大ピンチだったズラ。そんなアバズレ女、ほっといたって平気だったズラ。なぁ、坊や?」
「ウーガァ。ウガ!」
と、ゾル・ゾッカの言葉に、相棒のフランケン坊やも、ニンマリと笑いました。
「キッー! なんてこと言うアル! この豆ゾンビ! ん、あれ? ちょっとゾッカ、頭の後ろ、ヤケドしてるアル? すぐ、冷やさなきゃダメアル!」
「ああ、あのときのかズラ。それならたいしたことないズラ。って、おい、触んなズラ! おせっかいはやめろズラ!」
そんなふたりのようすを、ひとつ目忍者カゲマルも、笑ってながめていました。
「うむうむ。なにはともあれ、めでたし、めでたしでござる。」
「ヘヘヘ。その黒服姿じゃ、カゲマルも、ずいぶんと、大活躍したみたいだな。」
と、びっくりゴーストのフィリップも、忍者に声をかけました。
「いやいや、拙者など、みなの援護をしていたまででござる。って、あれ、いま、拙者の名を?」
「ううん? どうかしたかい、カゲザエモンどの? イヒ!」
みんなの幸せなようすに、ミイラ男のトトメスも、感激でたまらなくなって、両手をかかげながら、大声をあげました。
「いやはや。呪いは解かれたのですぞ。なんと、素晴らしきことか! 我々の冒険は、おばけの歴史にも、その名を刻むことでしょう! おばけの森と、ピッツァ海賊団に、栄光あれ!」
ミイラ男の言葉に、その場にいた、おばけたちも、みな、わらって顔を見合わせました。
おばけの森の仲間たちも、数百年の間、海を漂ってきた海賊たちも、みな、救われたのです。
そして、救われたのは、彼らだけではありませんでした。
「ゴ、ゴ、ゴ・・・グガ?」
そのとき、突然、かの凶悪なゴーレムが、術師の石を失ったというのに、動きだすようすを見せました。
おばけたちに緊張が走り、船内はしずまりかえりました。
しかし、すでにゴーレムには、あの凶悪な面影はありませんでした。長い年月を経たゴーレムは、その存在が、ほとんど、おばけになりかけていたのです。そして、術から解放されたことにより、いま、ゴーレムも、海賊たちと同じ、おばけとなったのでした。
ピッツァ船長は、ゴーレムに、おだやかに声をかけました。
「お前にも、ずいぶん苦労をかけたなぁ・・・思えば、我輩とお前とは、もっとも、同じ時間を共にした仲となったわい。」
そして、ピッツァ船長とその一味たちは、おばけの森の仲間たちにむかって、深々と頭を下げました。
「イワン。君たちには、なんとお礼をしてよいものやら。我々が助かったのも、すべて、君たちのおかげだ。心の底から礼を言うぞ。」
「いいえ。みなを助けることができたのも、ピッツァ船長が、この船の船長として、いつまでも、あきらめることなく、戦いぬいてきたからです。心から尊敬します。」
吸血鬼の王子イワンと、大海賊団の船長トマト・ピッツァは、固く、その両手を握りしめ合いました。
すると、誰からということもなく、拍手が起こりました。拍手の音は、どんどん、どんどん大きくなっていきました。そして、生まれ変わった幽霊船の中に、拍手の音が、いつまでも、いつまでも、鳴り止むことなく響きわたっていったのでした。