雨夜のメランコリー 第十三章

「凶悪な罠」

 

 そのころ、火の玉の放った爆炎に、全身を包まれたゴーレムは、アイザックたちの目の前で、激しく燃えながら、のたうちまわっていました。

「グガアアアッ!」

 爆発の音に、銃を抱えて、急いでもどってきた、ハサミ男とひとつ目忍者が、その光景を、呆然とながめていました。

「どうしちゃったズラ? もう、ゴーレムを倒しちゃったズラカ?」

 ハサミ男が、ふたりに聞きました。

「炎ハ、案外、効果があったみたいダ。よく燃える。コノママ、燃えつきてしまえばイイ。」

と、武人のキョンシーはこたえました。

「船まで焼けつくしちまわないかが、問題だかな。」

と、鎧の火の玉もつけくわえました。

 すると、ひとつ目忍者が、それに、ぬっとこたえました。

「それなら、心配無用でござる。消火であれば、拙者の水とんの術におまかせでござる。」

「なるほど。そいつは心強い。」

 そう言ったとき、アイザックは、急激に、強いめまいを覚え、床に片足をつきました。

「どうした、アイザック? アレしきの炎を使ったくらいで、へたばる、オ前でもアルマイ。」

 キョンシーのロンロンはアイザックに声をかけました。

「どうも、ドクロ沼の魔女に盛られた毒が、まだ消えてなかったようだ。炎を使ったせいで、毒がまた、まわってきたものらしい・・・蛇の毒は、あとから効いてくるとさ。」

「マズイナ・・・」

 そのとき、ゴーレムの胸の石が、不気味な光を放ちはじめました。体を包んでいた炎が、見る見るうちに胸の中に吸いこまれていきます。

「冗談だろ。あれだけ燃えてもダメか。俺の攻撃も、まるで効果なし、とな。」

「十分、時間稼ぎにはなったズラ。アイザック、無理するなズラ。さぁ、オイラの肩につかまるズラ。」

「すまんな。」

 アイザックは、ゾル・ゾッカの肩を借りて立ちあがりました。

 炎を完全に消したゴーレムが、アイザックたちの前に、のっそりと迫ってきます。数多の腕が、気味悪く、うねっていました。

 アイザックたちは、身構えました。

 ところが、ゴーレムは、急に、首のむきを変えると、アイザックたちのことなど、どうでもよくなったように、その場から去ろうとしました。

「ん? どうしたんだズラ?」

「きっと、船長たちが、宝物庫に着いたんだ。」

 アイザックの言葉に、ロンロンは、すぐさまゴーレムの動きに反応しました。

「行かせるカ!」

 キョンシーのロンロンは、ゴーレムの前に立ちはたがりました。

「アイヤアー!!!」

 武人のキョンシーは、その強力な脚力を使って、いくつもの真空波を蹴り放ちました。

 真空の斬撃が、ゴーレムにつき刺さります。ゴーレムの体は、宙に吹き飛びました。

「グガガガガガガッ!」

 しかし、ゴーレムは吹き飛ばされた、その勢いに乗って、そのまま、ドカンと、壁を突き破りました。そして、キョンシーのほうには、見むきもせずに、宝物庫へと走っていったのでした。

「チィ! 逆効果だったカ。追うゾ!」

 アイザックたちは、急ぎゴーレムの後を追いかけました。

「まずいでござるな。これは、逃げまわるより、追いかけるほうが、むずかしいでござるぞ!」

 忍者カゲマルは、走りながら、忍びの印を結びました。

「ひとつ目忍法、分身の術!!」

 すると、一瞬にして、カゲマルの姿が十と増え、ゴーレムめざして、一気につめよっていきました。

「くらうでござる!」

 十の分身は、いっせいに手裏剣、吹き矢に、かまいたちと、ゴーレムに忍術の嵐をあびせました。

「グオオオオン!」

 しかし、ゴーレムは、それらをものともせず、分身にかまうことなく、ドシドシつき進んでいきました。

 十の忍者は、なおも、しつこくゴーレムにつめよります。

「オノレ!」

 武人のキョンシーも、手に力をこめました。気功の波動が、その手に集まります。ロンロンは、気功の一撃を放とうとしました。

「兄ニィ! 苦しいアル! 助けてアル!」

 そのとき、突然、キョンシーのロンロンに助けを求める声がしました。

 ロンロンは、とっさに声のする場所を探しました。

 見れば、通路の暗がりの中に、血まみれのドレスを着た、キョンシー娘フェイフェイの姿が、浮かびあがっています。

「助けて! 化け物が、アタシを食べようとしてるアル!」

「フェイフェイ!? 今行く!」

 ロンロンは、すぐさま、妹のもとへと手をのばしました。

「いかん、ロンロン! そいつは、まやかしだ!」

 しかし、アイザックの制止もむなしく、キョンシーのロンロンは、妹の写った鏡の中へと、あっという間に吸いこまれていきました。

 おばけの森、最強の武闘家も、鏡の罠の前に、はかなく消えていってしまったのでした。

「ウギャァ! 大変なことになったズラ!」

「なんて、こった。」

 すると、アイザックは、ロンロンの消えた鏡の前で、支えにしていたゾル・ゾッカの肩から手をはなすと、ガシャンと、その場にすわりこみました。

「ゾッカ。俺に構わず、先に行け。いまの俺じゃ、足手まといなだけだ。少し休んだら、すぐ後を追う。」

「そうかズラ。だけどだズラ、正直、オイラも、あんな化け物相手に戦える機械なんて、いま手持ちにないズラ。それならいっそ、もっと、使えそうな鉄砲でも、かき集めてきたほうがよさそうだズラ。」

「そうか、それもそうだな。鏡には、くれぐれも気をつけろよ。」

「なに。オイラは、あんなヘマはしないズラ。」

「さっきの、あのまやかしが、フランケン坊やだったとしても、か?」

「んん・・・そいつは、ちがいないズラ。オイラも気をつけるズラ。」

 そうして、ハサミのゾル・ゾッカは、いまある手持ちの銃と弾薬の袋をアイザックに手渡すと、急ぎ、ほかの武器を探しにいったのでした。

 

 そのころ、宝物庫の前へとたどりついていたイワンたちは、その、鉄でできた頑丈な扉を開けようと、急いでいました。

「ダメじゃ。やはり、カギが錆びついていて、びくともせん。」

 ピッツァ船長は、カギをガチャガチャ回しながら、そう言いました。

 吸血鬼のイワンは、船長の肩に、そっと手をかけました。

「僕が代わりましょう。ピッツァ船長、扉がこわれることになるかもしれませんが、かまいませんね?」

「ああ。いまさら、宝など惜しくもない。」

 すると、イワンは、なにやらぶつぶつと、魔法の呪文を唱えはじめました。

「・・・さ迷える雷の子らよ、我に力をかしたまえ。出よ、破壊のイカヅチ!」

 その瞬間、イワンの腕より、電撃が放たれ、鉄の扉をつらぬきました。こびりついた錆びも、一瞬で消え去りました。カギもろとも、こわされた鉄の扉が、ガタガタと音を立てて開きます。

「ほぉぉ! こいつは、たいしたもんじゃ。さすがは吸血鬼の王子。」

 ピッツァ船長は、感嘆の声をもらしました。

 開いた扉から、金色の光がもれてきます。海賊の宝は、数百年の時を経てなお、その輝きを失っていませんでした。

「うわぁ、金ピカなんだもん!」

と、オオカミ男も声をあげました。

 海賊の亡霊は、そんなオオカミ男のおどろきにたいして、しずかに声をもらしました。

「ふん。こんなもの、死んでしまえば、なんの役にも立たなかったわい・・・さぁ、それより、急ぎ、ペペロンチーノ師の魔導書を探しだそうぞ。いまごろ、ゴーレムの奴めもこっちにむかってきてるはずだ。」

 イワンたちは、宝物庫の中へと入っていこうとしました。

「その中に入ってはダメよ!」

 そのとき、突然、後ろから、イワンたちを止める声がしました。

 ふり返ると、そこには、美しい姿をしたドレスの女性がいました。

「ラザーニャ!? ばかな? いやいや、いかん、鏡のまやかしじゃ。」

 ピッツァ船長は、首をふりました。

「私は、まやかしではないわ。そのガイコツこそ、偽物よ! 本物のピッツァ船長は、そのガイコツにやられたのよ!」

「なにをばかなことを!」

 船長の妻、ラザーニャの言葉に、ピッツァ船長は、おどろきの声をあげました。

「本当よ、イワン、サーシャ! 鏡の中で、私たちは、この船の真実を聞いたのよ!」

 そう言ったのは魔女のヴェネッサの声でした。

 ラザーニャの後ろから、これまたドレスを着たままの、魔女のヴェネッサとキョンシー娘のフェイフェイも、姿をあらわしました。

「ラザーニャさんたちは、鏡の中に隠れて、幽霊船と戦っていたアルヨ! その宝の部屋が、幽霊船の中心部アル!」

 キョンシー娘のフェイフェイも声をあげました。

「なんと、ずいぶんと手のこんだ、まやかしじゃぞ。こんなのは初めてじゃ。」

 ピッツァ船長は、そう言ってイワンたちを宝物庫の中へと招き入れようとしましたが、イワンもサーシャも、どちらの言葉を信じていいものか、わからなくなっていました。

「かまうな、時間の無駄じゃ。奴がくる! ええい、とにかく我輩は書物を探してくるぞ!」

 ピッツァ船長は、そうして、宝物庫の中へと入っていきました。

「サーシャ! だまされないで! 私たちが本物かどうかくらい、あなたなら、すぐわかるでしょ?」

 魔女のヴェネッサは、魔女っ子サーシャに、そう語りかけました。

「お姉ちゃん、なの?」

「うぅ、どっちの言ってることも、本当っぽいんだもん。」

 オオカミ男のホップは、サーシャの陰に隠れて、ふるえていました。

 サーシャは、勇気を出して、ヴェネッサのその顔を、真正面から、よく見つめてみました。

「・・・みんなは・・・みんなは無事なの?」

 サーシャの言葉に、イワンも、思わずうなずき、話を合わせました。

「そうだ、ヴェネッサ。ほかのみんなはどうした? どうして、君たちだけ、ここにいるんだ?」

「みんな? みんなですって?・・・みんな? みんな・・・ウフフ、それなら、みんな、ここにいるじゃない?」

 すると、そうこたえたヴェネッサの背後より、おばけたちの姿が、ウジャウジャとわき出てきました。

 フランケン坊やに、踊りキノコ、ミイラ男に、びっくりゴースト、みんな、虚ろな目をして、サーシャたちをみつめていました。そして、その手を、だらりとのばして、ゆっくりと迫ってきたのです。

「ヒィィィ! ちがうんだもん! やっぱり、あっちが偽物なんだもん!」

と、オオカミ男が叫んだ、そのとき。

 ボワンと、煙が辺りにあふれ、十の忍者たちが、イワンたちの前に姿をあらわしました。

「ワゥゥン! また、まやかしなんだもん!?」

「ん!? イワンどのでごさるか? 面目ない。ゴーレムの足止めに失敗したでござる!」

 すると、忍者の放った煙の中より、ガシャガシャと、不気味にうごめく、ゴーレムの影も見えてきたのでした。

「カゲマルか! ほかの者はどうした!」

「それが、途中から姿が見えなくなったでござる。アイザックどのは、魔女の毒で、また、調子がわるくなったでござる。おそらくは、ここまでくるに時間がかかるかと。」

「それにしたって、ロンロンはどうした? くそ!」

 すでに、宝物庫の前は、ゴーレムと鏡のまやかしたちに、ふさがれていました。

「サーシャ、ホップ、宝物庫の中へ入るんだ。ここは、僕が引きうける!」

 吸血鬼の王子は、そう叫ぶと、すばやく魔法を唱えはじめ、その手に、再び、電撃の力を帯ました。

「グガアアアッ!」

 ゴーレムが飛びかかってました。

「出よ、牢獄のイカヅチ!」

 イワンの前に、電撃の壁があらわれます。その瞬間、ゴーレムの体に、激しい電撃が走りぬけたのでした。