雨夜のメランコリー 第十二章

「戦闘開始」

 

 サーシャたちが、鏡のまやかしに注意していたころ、アイザックたちも、ゴーレムをむかえて、つかずはなれずに、その目を引きつけていました。

「セイ! ハァアア!」

 武人のキョンシーは、まるで舞うかのごとく、ゴーレムの目の前に、いくどとなく姿を見せては、拳を空に突きだしました。すると、そのたびに、その拳によって放たれた衝撃波が、ゴーレムを、バシンと、打ちつけます。

「ググググ、ガガガガ!」

 ゴーレムは、怒りをあらわにしたように、ウジャウジャとその腕をふりまわし、キョンシーをとらえようとしました。

 しかし、素早いキョンシーの身のこなしに、ゴーレムは手も足も出ないようでした。

「さすがは、ロンロンどの。見事でござる。」

「この調子なら、ロンロンひとりで、ゴーレムをやっつけられそうだズラ。」

 忍者とハサミ男が、物陰に隠れ、キョンシーの動きに見入っていました。

 しかし、鎧の火の玉は、そんなふたりの話に、さえないようすで口をはさみました。

「いいや、そうでもないな。船長の言ったとおりさ。ゴーレムの奴、まるで、ダメージを受けちゃいない。それどころか、だんだん動きがよくなってるぜ。ありゃ、ロンロンの攻撃を吸収してやがるな。」

 そのことは、キョンシーのほうでも気づいたようで、ロンロンは攻撃の手を止め、逃げるのに徹しはじめました。

 ゴーレムは、なおも、キョンシーを追い続けます。ゴーレムの胸の石が、ギラギラと光りを放っていました。

「とはいえ、要は、あの胸の石をどうにかすればいいだけだろ? いくら、おばけの攻撃が効かないといったって、銃でもって、ズドンとやれば、壊せんもんかな?」

 アイザックの、ふとした思いつきに、ハサミのゾル・ゾッカは、すぐに言葉を返しました。

「そうはいっても、この船に散らばってた鉄砲は、どれもこれも錆びついてるし、火薬もしけってて、使いもんにならないズラ。」

 すると、ゾル・ゾッカの言葉に、火の玉のアイザックは、その鉄仮面の下で、ニヤリと笑みをこぼしました。

「・・・いや、そうでもないさ。鉄の筒と玉さえあれば、俺なら、この炎を使って、ごくごく小さな爆発を起こし、無理やり、玉を発砲させられんこともないぜ。」

 それを聞いたゾル・ゾッカは、大きく目を開きました。

「へぇー! そんな器用なことできるズラカ? よぉし。そういうことなら、オイラ、ちょっくら、銃と玉がないか探してくるズラ。」

 忍者カゲマルも、うなずきました。

「試してみる価値はありそうでござるな。ゾル・ゾッカどの。鉄砲探し、拙者も援護するでござる。」

 こうして、ハサミ男と忍者は、銃を探しに、船の奥へと入っていきました。

 すると、そのあと火の玉アイザックは、自分もゴーレムの前へとむかって、ゆったりと歩いていきました。

「なぁ、ロンロン。さっきから、ずいぶんと楽しそうじゃないか。その遊び、俺も仲間に入れとくれよ!」

 アイザックはそう言うと、口笛を、ヒュゥウッと、いきおいよく鳴らしました。

 すると、どうしたことでしょうか。ゴーレムは、その口笛に強く反応したようで、いったん動きを止めると、アイザックのほうに、ゆっくりと、むきなおりました。

「ほぅ、口笛が好きかい? 気が合いそうだな。ロンロン、お前も吹いてみたらいいさ。」

「オレ、口笛、吹ケナイ。」

「そいつはわるかった。」

 ゴーレムは、アイザックに襲いかかりました。

 アイザックは、重い鎧をを身につけながらも、ゴーレムの腕を、ひょいっと、軽々しくよけます。

「アイザック。見てたダロウ。奴に、余計な攻撃は、するナ。」

 ゴーレムの動きをさばきながら、ロンロンはアイザックに話しかけました。

「どのみち、俺に攻撃はできんさ。こんなオンボロ船の中じゃな。」

 アイザックも、ゴーレムの相手をしながら、返事をしました。

 アイザックとロンロンのふたりは、交代して休みをとれるように動きながら、ゴーレムの目を引きつけ続けました。

 しかし、ゴーレムのほうは、ずっと動きつづけているというのに、動きの弱まるようすは、少しも感じられませんでした。

「まぁ、さすがは魔導機械だな。数百年も動いてるだけのことはあるぜ。」

 そのとき、ふいに、アイザックは、軽いめまいを感じて、足がもたつきました。

「こいつは?」

「何してる! 気を抜くナ!」

 ロンロンが、拳を空に突きました。鋭い衝撃波が、ゴーレムの体を、打ちつけます。

 しかし、ゴーレムは、その衝撃波を、さっと、胸の石の中に吸収してしまうと、態勢をくずしたアイザックめがけて、その腕を、グイッとのばしました。

 数多のゴーレムの腕が、アイザックの眼前にさし迫ります。

「わるいな、イワン。忠告は、守れそうにないぜ。」

 その瞬間、アイザックの鎧の腕から、激しい爆炎が巻きあがりました。

 

ドカアアアン!

ドドドドドドドッ!

「ヒィッ!? なに!? なんなんだもん!?」

 遠くから聞こえてきた爆発の音に、オオカミ男のホップが、しっぽをピンと立てて、慌てふためきました。

 吸血鬼のイワンは、ため息をつきました。

「はぁぁ。アイザックの奴が暴れはじめたぞ。船が火だるまにされちゃ、元も子もない。急ごう。漂流船が沈没船になるまえに、魔導書をみつけだすんだ!」

 イワンの言葉に、サーシャたちも、足を早めました。

 するとそのとき、遠く爆発の音にまじって、どこからともなく、若い女の、うめく声も聞こえてきました。

「サ、ア、シャ・・・苦しい・・・助けて・・・」

 突然に、サーシャの名を呼ぶ声に、サーシャは足を止め、さっと、あたりを見まわしました。

 すると、通路の暗がりの中で、先ほどのドレスを着たままの、魔女のヴェネッサの姿が、宙に浮かびあがっているのを、サーシャは見つけました。しかも、ヴェネッサは大ケガをしているようで、血まみれになって、もがき苦しんでいます。

「ワオーン!? 大変なんだもん! ヴェネッサが!」

 オオカミ男のホップが叫びました。

「サ、ア、シャ・・・お願い・・・助けて・・・」

「お姉ちゃん!!」

 思わず、サーシャは、ヴェネッサのところへと、かけよろうとしました。

 すぐさま、イワンが、サーシャの腕を、ぎゅっと強く握りしめます。

「ちがう、サーシャ! あれはヴェネッサじゃない。鏡のまやかしだ。」

「でも!」

「さっき、ヴェネッサからは、魔法で連絡があっただろう? みんなは無事だよ。だいたい、あのドクロ沼の魔女が、いくら傷ついたからって、あんなふうに弱々しく、自分の妹に助けをお願いなんてするものか。」

「・・・うん。」

 イワンは、サーシャの手をとって、やさしくその場からサーシャをつれもどしました。

「サ、ア、シャ・・・助けて・・・サーシャ!!!」

 まやかしのヴェネッサは、なおも、後ろから、サーシャの名を呼びつづけます。

 サーシャは、たまらなくなって、目をつむりました。

 すると、ピッツァ船長も、サーシャにやさしく語りかけてきました。

「アレには、我輩たちも、ずいぶんとやられたもんじゃ。ラザーニャの姿があらわれたときには、我輩も何度くじけそうになったものか。じゃが、鏡の奴もワンパターンなんじゃよ。いまさら同じ手に引っ掛かるものか。」

 すると、ピッツァ船長は、サーシャの首に、見覚えのある、真珠の首飾りが、身につけたままであったのに気づきました。

「ほう、真珠の首飾りか。なつかしいのう。」

「あ! ごめんなさい。さっきは、急いで着替えたから、返すのを忘れちゃって。」

「よいよい。どのみち、我ら海賊の宝は、すべて、ほかの者たちから奪いとった物ばかりじゃ。ラザーニャも、宝石をかすめとるその腕は、早技だったものじゃ。ハッハッハッハ!」

 ピッツァ船長は、愉快そうに大笑いしました。ピッツァ船長が、こうして、大笑いしたのも何百年ぶりのことでした。

 船長の笑い声に、イワンも頬をゆるめました。そして、吸血鬼のイワンは、真珠の首飾りをしたサーシャの首元で、そっと耳打ちをしました。

「サーシャ。さっきは、ぶったりしてわるかった。許しておくれ。でも、君のことが、本当に心配だったんだ。」

「いいのよ。わたしのほうこそ、勝手をしてごめんなさい。」

 ピッツァ船長は、そんなふたりのようすに、愉快そうに、ニヤニヤとしていました。

「若いのう。我輩とラザーニャの若かりしころを思い出すわい。」

 するとそのとき、またしても、どこかから、ドゴォォォンと、爆発の音が聞こえてきました。

 イワンは、眉をつりあげながら、顔をあげました。

「くぅ。アイザックの奴、まだやってるのか? 洒落じゃなくて、本当に沈没船になっちまうぞ。」

「さぁ、若者たちよ。宝の部屋までは近いぞ。敵に打ち勝ち、栄光を手にするのじゃ。」