雨夜のメランコリー 第十一章
「反撃への道のり」
こうして、イワンたちは、部隊を二手に分けて、仲間の救出のため動きだすことにしました。
イワン、サーシャ、ホップ、ピッツァ船長の四人は、ペペロンチーノ師の魔導書を求め宝物庫へ。アイザック、ロンロン、ゾル・ゾッカの三人は、囮となってゴーレムを引きつけるため、船上へむかうことになりました。
ピッツァ船長は、おばけたちのみなに、この船で注意すべきことを、ようく伝えました。
「よいか。とにかく、この船で起こることに、いちいち気をむけてはいかんぞ。食べ物があろうと、たとえ鏡の中から仲間が助けを求めてこようと、すべては、鏡のまやかしじゃ。よく、考えれば、すぐに気づけるはずじゃ。それから、ゴーレムとは戦うな。おばけの攻撃は効かん。奴の体に触れれば、それだけでおしまいじゃ。とにかく逃げまわれ。」
船長の言葉に、おばけたちも、しっかりと気を引きしめました。
「それじゃ、俺たちはさっそく、フィリップたちのところへ加勢にいくとするぜ。ひとつ目のほうはともかく、フィリップが調子にのって、なにか、やらかしてないかも心配だからな。」
火の玉のアイザックは、そう言って、イワンたちに背をむけました。
すると、吸血鬼のイワンが、その去りゆく背中にむかって、そっと忠告をしました。
「アイザック・・・わかってると思うが、暴れすぎるなよ。」
「んん? 余計な心配だぜ。そっちのほうこそ、せいぜい早く、そのゴーレムの書とやらを見つけてくるんだな。」
イワンたちとアイザックたちの二部隊は、それぞれの、別の道へと分かれました。
そして、アイザックたちは、そのまま、急ぎ、船外への出入り口近くまで、もどっていきました。
出入口前の階段が見えるところまでくると、火の玉のアイザックは注意深く、あたりのようすをうかがいながら、ヒュゥッヒュッと、口笛を高く鳴らしました。
「カゲザエモン、フィリップ、無事か? いるなら返事をくれ。」
すると、少しはなれた陰の中より、ぬぅっと、黒装束のひとつ目妖怪が姿をあらわしました。
「アイザックどの。ゴーレムの奴めは、うまく煙りにまけたようで、まだ、船上をうろついているでござる。ただし、フィリップどのが、あ奴めの手の中に・・・」
ひとつ目の言葉に、ハサミ男は感慨深くうなずきました。
「そうかズラ。思えば、あいつもなかなか、いい奴だったズラァ。」
「とらえられたみなを、助ける方法は、なにかありそうでござるか?」
ひとつ目の問いかけに、アイザックは、いまの状況を、ざっくりと伝えました。
「実は、いまさっき、ドクロ沼の魔女から魔法で連絡があってな。どこかの異次元空間に、みんな、閉じこめられてるらしい。イワンたちは、術者の書いた魔導書をとりにいった。俺たちは、しばらく囮になって、ゴーレムの気を引く役目になったってわけだぜ。」
「承知したでござる。拙者も尽力いたそう。」
すると、そのとき、キョンシーのロンロンは、目の前の、黒装束に身を包んだひとつ目の妖怪にたいして、ふと、素朴な疑問を口に出しました。
「・・・ところで、カゲザエモン。オ前、いつから、忍ノ者に、ナッタ?」
キョンシーの質問に、ひとつ目は、急に、あたふたとしはじめました。
「あ、ええと、これは、あのその・・・かの化け物相手に、刀で戦うのは不利と判断したゆえ。これでも拙者、忍びの術を多少は心得てござる。」
そんな、キョンシーとひとつ目のやりとりに、鎧の火の玉とハサミ男は、笑いをこらえきれないといったようすで、顔を見合わせました。
「ククク。ロンロン、いまさらそんなこと聞くなんて、野暮だぜ。」
「ヒヒヒ。しかたないズラ。ロンロンは、みんなとは、あんましつるまないズラ。森の事情にも、少しうといズラ。ヒャハハ。」
ふたりに笑われ、ひとつ目の忍者は、ますます、しどろもどろになりました。
「な、なにが、おかしいでごさるか! 言っておくが、拙者は忍者ではごさらんし、ましてや、西洋妖怪の動向を探るため、東洋の地獄より遣われし、秘密の間者などでは断じてござらぬ!!」
忍者カゲマルは、思わず、大声をあげていました。
「ナルホド。そういうコトカ。」
「そういうことだズラ。」
しずまったみんなのようすに、忍者カゲマルも、ようやく落ち着きをとりもどしたようでした。
「どうやら、納得してもらえたようでござるな。」
「まぁ、いずれにしろ、あの化け物相手には、お侍さんよりは、忍術使いの方が当てになりそうだ。頼んだぜ、カゲザエモンどの。」
アイザックがそう言ったとき、ギシギシと、ゴーレムが階段をおりてくる音が聞こえてきました。
「さぁ、おしゃべりの時間はおしまいだ。お前たち、ぬかるなよ!」
いっぽう、宝物庫へとむかうイワンたちは、ピッツァ船長を先頭として、船の中を、ずんずんと進んでいきました。
「こっちじゃ。少し遠回りになるが、この道のほうが、鏡も少ない。まやかしもマシだろうて。」
魔女っ子サーシャは、船長のすぐ後について、小走りで進んでいました。
オオカミ男のホップは、相変わらずサーシャにひっついたまま、ビクビクしどおしです。
吸血鬼のイワンは、列の一番後ろで、たえず、あたりに注意を払っていました。
すると、イワンは、急に、思いいたったことがあって、ピッツァ船長に声をかけました。
「そうだ、ピッツァ船長。カギは
大丈夫ですか? 宝物庫といえば、カギが掛かっているでしょう?」
「それなら、心配にはおよばん。カギなら我輩が、常に肌身はなさずもっておるとも。」
ピッツァ船長はそう言って、胸元からカギの束を出して、みなに見せました。
「んん。じゃが、考えてみれば、あそこの扉は、もう何百年と開かれてはおらん。カギ穴も錆びついて、使いものにならんかもしれんぞ。」
ピッツァ船長はそう言うと、足を止め、顔をくもらせました。
しかし、吸血鬼のイワンは、それにあまり気を止めることもなく、船長にほかの質問をしました。
「まぁ、扉が開かないくらいなら、僕がなんとかしましょう。それより、ほかに仕掛けはないでしょうね? そのほうが心配になってきた。」
「それなら大丈夫じゃ。昔、侵入を試みたときに、あの辺りの魔除けは、おおむね破壊した。それに、ほかの場所よりも、鏡の魔力が強くなってはいたようだが、なあに、たいしたことはない。まやかしなら、この我輩、数百年間、たっぷりと拝んできたからな!」
ピッツァ船長はそう言って、胸を張りました。
すると、そのとき、急にオオカミ男のホップが、鼻を、くんくんと鳴らしはじめました。
「ん? あれ? なんか、いい匂いがするんだもん。くんくん!」
「よせ、気にするな、ホップ。どうせろくなものじゃない。」
しかし、腹ぺこのホップは、イワンが止めるのも聞かず、匂いをたどって、トコトコとはなれていきました。
「ホップちゃん、もどって!」
魔女っ子サーシャも、ホップの後を追いかけました。
「わぁ! ごちそうなんだもん!!」
すると、ホップの誘いこまれた部屋には、テーブルの上に、これでもかと、豪華な料理が並べられていました。鳥の丸焼きに、ホワイトシチューに、ハンバーグ。どれもこれも、できたてのようで、とてもおいしそうな匂いがしました。
腹ぺこオオカミの口の中から、よだれがあふれ出てきます。ホップは、我慢できずに、料理に手をのばそうとしました。
「ダメよ、ホップちゃん! それも、鏡のまやかしだって!」
サーシャに止められて、ホップは、とても、しょんぼりとしました。
部屋の壁では、小さな鏡が、ギラギラと妖しい光を放っています。
「でも、でも、もしかしたら、本物の料理かもしれないんだもん!」
「そんなわけないだろう。」
と、吸血鬼のイワンも、部屋に入ってきました。
「まぁ、いいさ。そんなに食べたかったら、食べたらいい。味はするようだから、さぞ、おいしいことだろうね。だがね、そのあとには、だんだんと苦しくなってくる。そして、最後には、体がドロドロに溶けだして、消えてなくなるのさ・・・いなくなったマシュ・マ・タンゴのようにね。」
「ワ、ワ、ワゥゥゥゥン・・・」
イワンの話に、さすがの腹ぺこオオカミも、食べる気持ちをなくしたようで、サーシャに、ぎゅっと抱きつきました。
ピッツァ船長は、部屋の外から、そのようすを見とどけると、サーシャたちに声をかけました。
「ごちそうは楽しんでもらえたかな? さぁ、ぐすぐすしておるでない。先を急ぐぞ。敵は、待ってはくれぬのだからな!」